ここは公共の公園や並木道ではないので、ゴザを敷いて騒ぐ者がいないのがいい。しかし、それでも大声を張り上げ、興奮を抑えきれない人というのがいる。また、そうした人に限って、宿泊客でもなければレストランの客でもなく、ただ桜を見に立ち入っただけのようだった。繰り返すが、ここは公開されてはいても、公共の場ではない。見上げる桜のすぐ先には、喧騒とは無縁であるべき客室が並んでいる。場をわきまえ品位を保つことのできない人にはご遠慮願いたいものだ。

チェックインを済ませて向かった客室は4階にあった。せっかくの桜をできるだけ間近に見たいと思い、低層階を希望してあった。その願いは見事に叶えられ、窓から満開の基準木をほぼ目の前に眺められる部屋が用意された。ほかにもガーデン内にある桜が数多く見えており、部屋にいながらにして、桜に包まれているようなうっとりした気持ちになれる。

だが、これだけガーデンに近いと、そのざわめきや波立った空気感も窓を透過して室内を掻き乱す。この喧騒は、深夜2時まで途切れなかった。

客室タイプは32平米のガーデンビューツイン。低層階だからか、3名利用が基本になっているらしく、グラスなどは3セット置かれている。しかし、タオルは2セットで、エキストラベッドとして利用するであろうソファベッドは、たたまれてソファの状態のままになっていた。

このソファベッドが存在するために、通常のガーデンビュールームには常設されているはずのワーキングデスクがここにはない。そしてテレビの型式も異なっており、やたらと除熱ファンの音がうるさいのが気になった。ベッドは、珍しくターンダウンが施されており、スローケットとクッションが外され、寝具を折り返して浴衣がセットされていた。

ベッドリネンは相変わらず粗い肌触りだが、それに加えてなんだか臭う。先日のコンラッドとはまた一味違う、蒸れた足のような臭いだ。どちらがマシか考えてみたが、コンラッドの方が思い出すだけで吐きそうなほど耐えがたい臭いだったので、今夜はそれを思って我慢することにしよう。

夕食には「パティオ」を利用した。ここ最近、怠慢なサービスが気になっている店である。至らないことが重なってはいるが、決して腐りきっているわけではなく、努力次第で輝けるはずだと感じているので、繰り返し利用して様子を見ている。この日は盆と正月がいっぺんにやってきたかの賑わいだった。

テーブルセッティンッグ用に用意してあったナプキンは、あまりの混雑に、ストックしてあった箱の一番底にあったものまで掘り出して使われたらしい。卓上にセットされたナプキンは、タンスの裏側の床を拭いた後のように、埃で真っ黒になっていた。

翌朝も「パティオ」で。女の子のスタッフたちは、元気に声を出すように指導されているらしく、余裕のない状態の中、まるで踏まれた猫のようにヒステリックな声で「おはようございます」と叫んでいる。だが、その忙しさは空回りが原因だ。システマチックに動いていないし、目先のことばかりに追われ、先を見越した動きができていないため、自滅しているのである。

そのため、あらゆるサービスは後手後手。客が帰った後のテーブルには皿が山積みになっており、次第に客の方から自ら皿を持って下げ台に片づけるようになっていた。コーヒーは焦げてまずく、パンケーキも黒焦げだった。

このホテルに来る客は桜につられているが、店に惹かれてはいない。桜の満開はほんの一時。一年を通して客に愛されるには、日ごろから丁寧な仕事をするほかはない。