このホテルは、滞在の度に印象や満足度がガラリと違う。同じホテルでもタイミングによってサービスに差が生じるのは普通なことだが、それとはちょっとわけが違う。何かを頼んで快く応じてくれたかと思えば、ある時は同じことをむげに断られ落胆するなど、差が大きすぎるのだ。満足するかガッカリするかは運次第。まさにギャンブルだ。
到着時、メインエントランスには駅とホテルを結ぶシャトルバスが横付けしていた。ドアマンはふたりいるが、こちらが進入するのを遮ってバスに付き切り。なんだか、最近帝国ホテルでも同じようなシチュエーションに出くわした。タイミングが悪いと一人ごちたが、ドアマンの態度やり方にも他の方法があるように思う。
フロントに向かうと、ボケッとした係がチェックインを担当した。「いらっしゃいませ」とか「ありがとうございます」すら言えない係とやり取りするのは、役所に住民票を取りに来た気分。レジストレーションカードの記入が終わると、それを受け取り「チェックインは2時からですので、その頃にまた」などと言われ、一層気分が悪くなった。態度というものは、時に本質よりも問題を複雑にしてしまうことがあるいい例だ。マネージャーを呼ぶよう伝えると、自分が責任者だと言う。あまりのお粗末さに笑いがでてしまった。
その責任者に感じたことを率直に伝えると、ちょっとびびったのか、すぐに部屋が決まり、10分後には食事をしているレストランまでルームキーが届けられた。チェックインタイム前であることを理由に、部屋の準備が整っていても客を通さないホテルがあるが、それはどうかと思う。どう頑張ったってできないものなら仕方がないが、客の都合に合わせてできる限りの便宜を図る心構えを忘れてはならない。融通が利くことこそが高級ホテルたる理由のひとつだ。
客室はエグゼクティブフロアのスタンダードルーム。38平米のゆとりある空間だ。ヨーロピアンスタイルのエレガントな内装がクラスを感じさせる。デラックスフロア(レギュラーフロア)の客室よりも天井が高く、より落ち着いた色合いのファブリックを用いた。残念ながらインテリアを引き締める役目を果たすはずのベッドスプレッドは外され、寝具がむき出しという残念な仕上げ。
家具はどれも立派で見栄えがする。デスクにはこんな強気な料金で誰が使うのかと思うインルームファックスが載っている。無料のLANもあるが、これはエグゼクティブフロアだけらしい。アーモアにはテレビと共にビデオデッキが備わるが、テレビプログラムは充実していない。大きな出窓からは周辺の緑も多く望めるが、結露が激しく、窓枠の木の一部が腐食していた。
バスルームもメンテナンスに問題が多い。照明器具はくもり汚れが付着しているし、床の近くの木材は朽ちている。カビが生じている箇所もあった。全体としては、快適なはずのバスルームだけにもったいない。トイレは完全に個室で、バスタブも大きい。大理石をふんだんに使いゴージャスだ。ベイシン部分は照明が効果的だが、バスタブ部分は暗くて陰気。バスルーム内でBGMが聞けないのも残念だ。
驚いたのは給湯のスピードだった。夕方に湯を張った時は、バスタブを一杯にするのに27分かかった。夜になったら実に40分を要した。湯を張るそばから冷めてしまう。これは異常ではないかと思い、客室係の責任者を呼んで状況を見てもらうことにした。これはこの部屋だけの現象なのか、あるいは全館に及んでいるのかが知りたかった。
やってきたマネージャーは、湯の出方を見ながら、自信なさげながらも「こんなもんですねぇ」と言う。記憶によれば、前回滞在した時にはバスバブルが勢いよく泡立った。今回は泡など立ちようもない。一体バスタブが何分で一杯になるのが標準とされるのか、このホテルのスタンダードを尋ねてみると、「7分で一杯になるように調整しています」とのこと。なら、勢いは4分の1以下ということだ。これで苦情はないのか訊いても、「今のところは・・・」とバツが悪そう。まぁ、今の段階ではどうにもなりそうになかったので、引き取ってもらった。
このホテルがさすが関西系だと感じたのは翌日、チェックアウトに際してだった。出発するので、荷物を運んでもらおうとベルを呼んだところ、昨日から幾つも行き届かない点があったと引継ぎを受けたのでご挨拶をと、マネージャーを引き連れてやってきた。何があろうとその場限りで流してしまうのが、悲しいかなホテルの常。文句があればその場で言ってその場で解決が鉄則だが、ここはその点立派だった。
マネージャーに聞かされたのは、いわゆる常套句的なお詫びだったが、口ぶりや態度には真摯さが感じられた。それを買って、こちらは労いと励ましの言葉を贈り返した。一件落着ムードで部屋を出て、一同エレベータホールに向かう途中、ドラマチックなシーンに遭遇した。
扉が開け放たれた客室から、女性同士の口論が聞こえて来た。滞在客のケンカかなと通り過ぎたら、今度は「それなら、私、もう帰らせていただきます!!」という大きな声が聞こえた。何事かと思って振り返ると、肩を震わせながら客室係の一人が飛び出してきた。「なんで、そんなことまで言われなくちゃいけないのかしら!」などといいながら、むせび泣きつつ足早に去って行った。一瞬「家政婦は見た」か何かのロケかと思ったが、これは現実のドラマだった。
マネージャーは「重ね重ね申しわけございません、お見苦しいところを・・・」と肩をすぼめた。「メードさんの世界も大変なんでしょ、きっと。それよりお湯が出ないことの方が、客としては困るんだけど」と釘を刺した。それから、「1日5個限定の金箔パン、美味しそうですね。でも、今日は6個並んでるみたいだけど、ひとつは昨日の売れ残り?」と尋ねると、早速デリカテッセンに飛んでいって、ひとつを引っ込めていた。言えばそれなりに行動を起こす気合が感じられる。しっかりと見送ってもらい、また来訪したいという気持ちは、むしろ強くなった。リーガロイヤルホテル東京には、東京のホテルでは珍しい「根性」を見せてもらった。
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