翌日には三越本店での公演があり、その後京都に向かう予定になっていたが、京都公演の準備が済んでおらず、少々機嫌の悪い一日だった。特にこの世にまだ存在しないものを創作しなければならない作業を抱えている時は、追い詰められたような気分になる。それでも、開演の時間は確実にやってくるのだ。作業だけなら徹夜もありだが、公演前夜に徹夜をしても、結局はいいことがないのを承知しているので、さくっと仕上げてさっさと眠れるのが理想的だった。そしてホテルほどその条件に合う環境はない。三越本店へのアクセスのよさと、前回の素晴らしいサービスとを考えて、パレスホテルなら期待に応えてくれるだろうと思い予約を入れた。ところがそれが誤算の始まりであり、徒労の原因だった。
ホテルに到着したのは23時。正面玄関にはドアマンの姿はない。しかし、車寄せから見えるガラス張りのロビーでは、数人のベルマンが新聞紙かなにかの整理に夢中になっている。フロントにも2名の係が見えるが、顔を上げているにもかかわらず、入口には注意を払っていない。ロビーにはサービスを必要とするゲストは、ほかに誰一人いないにも関わらず、そこにいる従業員のすべてが動こうとはしなかった。しばらく待っていても一向に様子は変わらなかった。クラクションを鳴らしても同じ。しかたなく車から降りて呼びに行くが、慌てる様子も反省する様子もなく、非常にガッカリした。
フロントでどうしたことかと苦情を言うが、通り一遍に上辺だけの詫びを口にしただけで、手ごたえがない。前回はあれほど気持ちのよいチェックインができたのに、とても同じホテルとは思えなかった。その落差の大きさはショッキングだったが、仮に前回の優れたサービスがなかったとしても、今回の様子は三流ホテルでも許されない。最も荒れた時期のオークラでも、こんな事態は一度もなかった。
係に案内された客室は、狭いタイプのスーペリアで喫煙ルームだった。フロントでタバコを吸うかどうかを尋ねられることもなかったので、禁煙室を希望していることがすでに履歴で確認されていると思ったが、それは過信だったようだ。であれば、なぜアサインする前に確認しなかったのだろう。少しでも時間を無駄にしたくないし、時間を荒らさないで欲しかった。フロントで「おタバコは?」と一言尋ねてくれれば、改めて部屋を替える手間も不要だった。これは些細なことだろうか。些細かどうかはゲストが決めることであって、ホテルが考えることではない。一流ホテルであれば、これしきのことでも深く反省できるはずだ。
案内してきたベルマンに、フロントへ電話を入れて部屋が気に入らないことを伝えるように言うついでに、シャワーブースのある部屋の方がいいとも付け加え、更にアシスタントマネージャーに顔を出すよう伝えてもらった。アシスタントマネージャーなら、時間の観念や到着時の失態について理解を示してくれるだろうと思ったからだ。そして現状を把握してもらい、次にはこのようなことのないよう、工夫してくれることを望んでいた。
ところが、部屋にやってきたアシスタントマネージャーは、これまで数多くのホテルでお目にかかってきた従業員の中で最低の人間だった。彼が口を開くまでもなく、謙虚さがないことは感じ取れた。高圧的で、これ以上文句を言われまいと構えている決意が伝わってくる。言いがかりをつけて金をせびり取ろうとする輩に接するがごとき態度だった。彼はその時点で失敗を犯している。客の言い分を十分に聞いた上で、結果的にそのような態度に至るのなら理解できる。しかし、事情もよくわからずに、客がゴネていると決め付けて掛かるのは、まともなホテルマンがすることではない。実際、適性を欠いたこの手合いのマネージャーは、悲しいことにごろごろ存在する。
到着してからというもの、細かいことだが、そうあるべきでないことが続き、これでは困るのではないかと指摘するも、彼はそれがどうしたことかと言わんばかりで、反省の色など微塵も見せない。詫びようものなら、金でも要求されると思っているのだろうか。埒が明かないので、もう結構だというと、「ああそうですか」という感じで下がろうとする。振り返り様のところにルームチェンジはどうなったのかと尋ねれば、禁煙室は満室だが、自分が泊まり勤務で使う客室を空けてやると言い出した。まずもって、禁煙室が事実満室なら、なぜゲストを差し置いて自分が先にそれを確保してるのだろう。その神経も、恩着せがましい言い様も気に入らなかったので、宿泊することなくこのホテルを後にすることにした。この時に感じた印象の悪さを、文章で表現するのには限界がある。怒-6というレベルから、その憤りを察していただきたい。
滞在を中止してホテルを出発されるなど、恥の中の恥なはずだが、まったく意に介している様子はなかった。後日この一件は総支配人にも報告が行ったようだが、シャワーブースのない客室に案内されたのが気に入らず怒っていたということになっていた。事実が報告されることもなく、またそれを鵜呑みにしているというのもまったくお粗末なことで、救いようがない。このホテルに滞在することは二度とないだろう。そして、今後はパレスホテルに滞在する人が回りにいたら、その人の品性までもを疑わずにはいられないだろう。パレスホテルがこのままの体制と設備で長く続けられるとも思えないが。
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