今回はインターネットから予約を入れた後に、交流のある仙台ロイヤルパークホテルの総支配人に電話をいれ、マンハッタンに1泊するので、連絡を入れてもらえるようお願いをしてあった。仙台の総支配人のお陰で、スタンダードルームからラグジュアリールームにアップグレードされ、部屋にはマンハッタンの総支配人の名前で、フラワーアレンジメントが届けられていた。小さくささやかな花であったが、室内に新鮮で生き生きとした雰囲気をもたらしてくれた。
到着したのは午後8時。入口にはベルガールが待機しており、そのまま荷物を扱いながら、レセプションエリアに案内してくれる。にこやかで明るい対応に好感を持った。広いレセプションルームでは、ゆったりとしたソファに腰掛けてチェックインをする。女性の係は、この空間にマッチした丁寧な物腰で手続きを進めていた。そこへ、別の係が近寄ってきて、仙台の総支配人から連絡をもらったので、よい部屋を用意したと言葉を添えた。
その時、仙台の総支配人の名前を口にしていたが、名前に「様」と敬称をつけて呼んだことに、ふと違和感を覚えた。ここは今やロイヤルパークホテルの一員。だからこそ、身内となる仙台のお力を拝借したのだ。身内に敬称をつけるのは、単に知識不足ならいいが、ロイヤルパークとマンハッタンの関係の現状を物語っているような予感がして、それがやけに引っかかった。
客室まではベルガールが案内してくれた。途中パブリックスペースの雰囲気も味わいながら進んだが、ところどころに雰囲気とは合わない調度品が目に入り、なんとセンスのないことをするのかと、やるせない気分になった。客室階廊下の照明もダサすぎ。せっかくハロゲンの絞り込んだ照明設備があるのに、蛍光灯を煌々と照らし、平板な照明にしてしまっている。
客室は46平米あるというラグジュアリールーム。パブリックスペース同様、実に手の込んだ素晴らしい建築美を味わえる空間だ。大理石の前室、レリーフが施された塗り壁、ベッド以外は洗練されている家具と備品、総大理石仕上げの明るくゴージャスなバスルームなど、標準客室でこれほどのクオリティがあるホテルは、そうはない。しかし、使い勝手という意味では、開業当初から問題が多かった。見た目優先でこしらえたので、機能性は無視されたようだ。
スタンドの照明スイッチがそれぞれに独立しているのは結構だが、シャンデリアとダウンライトはなぜか連動している。シャンデリアは調光できるが、シャンデリアを暗くしてもダウンライトは明るいままなので、シャンデリアの調光がまったく意味をなさない。また、ベッドサイドに設けられたナイトランプのスイッチは、ヘッドボードの裏の、手が届きにくいところに隠れている。なぜ、こんな不便なままにしておくのだろう。
123×200センチサイズのベッドは後から入れ替えたのか、本体のデザインもカバーも、この部屋とは合っていない。しかし、寝心地はよかった。デスク、ナイトテーブルの両方に電話機があって便利だが、ナイトテーブルにはメモ用紙が置かれていない。バスルームのメンテナンスは最悪だった。
石は部分的に腐り落ち、ガラスや金具は水垢だらけ。シャワーブースの下のほうが、石が変質して色が変わったのかと思いきや、ちょっと綿棒でこすると茶色い汚れがこそげ落ちる。単に、人間の垢が塗り重なっただけのようだ。このバスルームの衛生状態は、公衆浴場よりもはるかに悪い。その他にも、窓の内側、扉には油汚れが付着し、ソファやクッションには不気味な汚れが残っている。いずれも、普段の清掃で簡単に取り除けるものばかりだ。
ミニバーはソフトドリンク150円など、安くて良心的だ。ルームサービスは朝食と夕食のみの営業。客室からの高速インターネット接続は、室内のどこにも案内がないので、このホテルでは不可能なのかと思っていた。そのため、1階にあるビジネスセンターで接続させてもらおうと、レセプションに電話で尋ねると、客室でも1泊1,000円で接続できるとのこと。ならばなぜ客室に案内を置かないのかと尋ねると、導入した当時はPRしていたが、時間が経ってしまったので辞めたと、よくわからないことを言う。とにかくあるのなら、室内でつなぎたいので接続キットを持ってきてくれるように頼んだ。
しかし、持ってきてもらったキットを係にセットアップしてもらうが、なかなかつながらない。しかも、客室の責任者だと称する作業着の若い係は、非常にタバコ臭いまま禁煙室に現れ、長いこと作業していたため、部屋が臭くなった。スモーカーであることはまったく構わないが、それほどヘビーでタバコの臭いプンプンなら、ファブリーズを持って歩いてほしい。結局、つなぐジャックを間違えていたという初歩的なミスで、延々1時間がムダになってしまった。
この日は、もうひとつ大きな事件が起こった。我ながらよく遭遇するものだと、運命を呪わずにはいられない。さあベッドに入ろうと横になり、うつぶせで枕に頬を擦リ寄せた瞬間、頬に鋭い痛みが走った。驚いて飛び起きると、頬が蚯蚓腫れになり、うっすらと血がにじみ始めていた。枕を見ると、カバーを貫いて、白く鋭いものが1センチほど飛び出ていた。それは、値札などを留めるプラスチック製の留め具のように見えた。はさみで切断した際に、片方が内部に残ってしまい、それが飛び出してきたのかと考えた。同時に、これが眼球を直撃しなくて本当によかったと胸をなでおろした。
客室係を直ぐに呼ぶも、来た係はタバコ臭い若い客室責任者。彼本人は決して悪い人じゃないし、柔和で誠実なのだろうが、こういう対応を任せるには不適当だったと思う。ナイトマネージャーに引き継がせたが、そのマネージャーも「失礼いたしました」と繰り返すだけ。マネージャーの前で、枕から飛び出たものを引っ張ってみたら、その正体はフェザーだった。フェザーの付け根の非常に鋭く、固い部分が飛び出てきたのだった。ある意味、仕方がないことにも思えるが、客室を仕上げる際に、必ず枕の両サイドを手で延ばして、スムーズであるかどうか確認しなければならないところを、実行してはいなかったことにも責任がある。別に生死に関わることではないので、十分に反省して、今後に生かしてくれればそれでいいのだが、ことの本質がわかっていないようで残念だった。
翌日の出発時には、もとキャビンアテンダントと思われる気取った女性に、キャッシャー前で、お菓子の手土産を渡された。取ってつけたような態度で、詫びの言葉を口にしていたので、こちらも軽く聞き流していた。出発のためエントランスに向かおうと、レセプションに背を向けたが、当然、その係はエントランスまで見送るものと思っていた。しかし、振り返ると係の姿はなく、実習生のベルガールだけが傍についていた。正面玄関では、本当に申し訳ないと思う気持ちがあるのなら、こんな菓子折りを渡すよりも、心を込めて出発を見送りなさいと伝えるよう、ベルガールに言って菓子折りをお返しした。この話しが彼女に伝わったが、そして総支配人に伝わったかは知らないが、もうどうでもいいことだと思っている。
このホテルの社員は、ロイヤルパークの一員になる以前からの顔ぶれが多いだけでなく、聞けばロイヤルパークから送り込まれている人材もごく少数らしい。まだ、昔の感覚のままサービスに当たっているスタッフがほとんどで、ロイヤルパークホテルズとしての自覚はないに等しいようだ。これでは救世主として送り込まれた現総支配人もろとも、都会の難破船になってしまいかねない。
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