ロビーに足を踏み入れると、ほのかなポプリの香りがする上質な空気に包まれる。外の喧騒とは無縁の、落ち着いた空気の流れに身をゆだね、ゆったりとした気分でチェックインを済ませると、もう少しこのロビーにとどまりたい誘惑を振り払い、礼儀正しいベルボーイと共に客室へと向かった。カウンターに立ったまま行わなくてはならない点を除いては、手続きの手際、サービスともに申し分のない、ラグジュアリーホテルらしいチェックインだった。しかし、これらのことは、ビジネスホテルの従業員でも、その気になれば簡単に実現できるレベルのサービスだ。
室内に入ると、ベッドは相変わらず寝支度を終えた状態になっていた。昼過ぎに到着してこの状態というのは、毎度の事ながら気分が悪い。以前は最悪だった清掃状態が、前回は改善されていた。今回はどうかと思ってざっと見て回ったが、やや不足だという印象だった。最悪という域は脱しているようだが、ここは最高級ホテルだ。通り一遍の清掃では、及第点をつけるわけにはいかない。これでは駅前の新阪急ホテルと変わらないレベルだろう。
特に窓ガラスや、曇りガラスのテーブル、ヘッドボードなど、艶のある仕上げをしてある素材の表面に汚れが目立った。いずれも、少し気を入れて拭きさえすれば、簡単に汚れを落とすことができる。また、ガラステーブルは裏面の汚れが著しかった。たまには裏面にも気を回すようにしてはどうだろうか。ソファのファブリックや寝具の表面も、目だった汚れがあるわけではないのに、これって清潔なのだろうかと、思わず疑念を抱いていしまうような雰囲気が、このホテルに漂っている。もっと自分たちのホテルに愛情を持ってメンテナンスを心がけて欲しいものだ。
そして、もっとも辟易したのが、シーツに染み付いた生臭いにおいだった。おそらく料飲関係のものと同じところで洗っているのだろう。バックヤード特有のあらゆる飲食物が混ざったにおいがシーツに染み付いていて、眠っている間中気になった。
バスルームの造りは素晴らしい。広いだけでなく、外に向けて張り出した大きな窓を持ち、窓際にバスタブを配置した。大理石、木肌、透明樹脂のバス小物、やわらかいタオルなど、異なる素材が見事に調和して、洗練された空間を構築している。日差しがまぶしい日中から、見事な夜景が広がる時刻まで、一日中でも過ごしたくなるようなバスルームだ。アメニティはいささか面白みのない品揃えだが、男女別に用意されているのがユニーク。ベッドルームのキャビネットにあるCDプレイヤーをかけると、バスルームでもその音声を楽しむことができる。扉がフレンチドアというのも一層ムードを高めている。
夕食はルームサービスをたのんだ。各スペシャリティレストランからのメニューも揃い、さまざまな味が客室ないで楽しめる。今回はディナーコースを注文してみた。料理は一時に運ばれてきてしまうが、冷めない工夫がなされているので、メインディッシュまでおいしく食べられた。なにより、気ままに食べられるのがルームサービスのいいところ。デザートとコーヒーは後で運んでくるようにあらかじめ頼んでおき、食事の皿を片付けてもらってから、ゆっくりとコーヒーを飲むのがいい。
翌日の朝食には、朝食券が付いていたので、それを使うことにした。本当は「マルメゾン」の朝食が食べたかった。しかし、券面には「ナイトアンドデイ」しか記載されていない。価格が違うのだから、それは仕方がないだろう。フロントに電話を掛けて、差額を支払うので「マルメゾン」での朝食に変更できないかと尋ねてみたが、あっさりと断られてしまった。このあたりも新阪急ホテルの体質が感じられるところだ。
このホテルは、精一杯努力はしているのだろうが、感動を創造したり、心情的な演出をする能力に欠けている。それでは超高級ホテルの運営ノウハウを持っているとは言えない。大層立派な建物を建てたはいいが、メンテナンスには愛情が欠け、ゲストの要求に応えるために先手を打ったり、一歩も二歩も先を読んだり積極的に行動したりということは得意ではないようだ。
マネージャークラスの人間を見ても、人柄はよさそうだが、国際級ホテルのディレクターとして演出能力があるような人材は存在しないと見た。サービスがあまりにオーソドックスで、いかにも国産中級品を桐箱に詰めましたという感じで一層みすぼらしい。この器に似合ったサービスを完成させるには、海外の超一流ホテルでGM経験のある人材でも引き抜いてくるくらいの度胸が必要だろう。
|