パーソナルレッスン

私は演奏家であることに集中したいという理由で、定期的なレッスンは受け持っていません。
いずれは後進の指導に注力したいと計画していますが、今はまだ、私自身が現場で経験を重ね、後に続く人たちのために道を拓いていくべきだと考えています。

そんな私もかつては生活のためにレッスンを引き受けなければならない時期がありました。
今の私がその当時を振り返って自分自身をジャッジすると、よくもまあ未熟な身分で、もっともらしいように見せかけたレッスンをしていたものだと、恥じ入らずにはいられません。
それこそ、私は当時の生徒さんたちに支えられて、今日まで音楽の世界で生きながらえてきたのだと思います。

レッスンの現場を去って約10年。ふたたび指導する立場になったのは、一昨年の夏から1年間受け持った、財団法人ヤマハ音楽振興会のエレクトーン特別ゼミでした。

正直、私に教えられるのだろうか、と不安でした。相手は音楽に青春のすべてをかけているこどもたち。技術も努力もずば抜けたスーパーキッズたちです。

ところが予想に反して、レッスンはとても充実したものになったと思っています。こどもたちや担当講師さんがどうとらえているのかはわかりませんが、私は現場で培ってきたものを惜しみなく注ぐことで、こどもたちが真の音楽に目覚める手助けをしたつもりです。

卓越した技術、たくましい精神性を持ったこどもたち。もしエレクトーンでなく、他の楽器に勤しんだなら、国際コンクールで世界の脚光を浴びられたかもしれない。もしスポーツにのめり込んだなら、オリンピックに出ていたかもしれない。

メダリストやコンクールウィナーに引けを取らない努力を重ねているこどもたちに、生涯維持し続けられる「世界共通言語」としての音楽を伝えたい。私はその一心でした。

ゼミのこどもたちは、1年の期間が終わったことで、私の元を離れましたが、現在もこれ以上望みようのない最高の指導を受けていることでしょう。
彼らの活躍は、私が生きている限り、見守り続けるつもりです。

私のレッスンの受講者は、こうした特別な才能を持った人たちばかりではありません。
周りから神田ファミリーと呼ばれている弟子たちのグループがあるのですが、その構成メンバーは実にバラエティーに富んでいます。

実力も様々。プロのジャズピアニストであるTANEちゃんもそのメンバーですし、他にもプロ級の演奏をする者がおりますが、教員だったり公務員だったり、音楽とは別の世界で生計を立てながら、どうしても音楽から離れられない人たちもまた、私を通じて音楽の世界にしがみついています。

こういってはみもふたもありませんが、たいした腕もなく、さほど努力して上達するでもないのに、ゆるやかにマイペースに音楽と親しんでいます。それでも、私のストイックな稽古を望むのは、心底音楽が好きだからでしょう。

さてさて、ここまでは前置きです。(なんとまあ長々と・・・)

昨日のことですが、私の生涯唯一の師匠のところにお邪魔して、師匠のお弟子さん(私の後輩)ふたりと師匠のお孫さんに稽古をつけて来ました。

そのお弟子さんは、ふたりとも普段はOL。でも、エレクトーン歴はその人生の大半というキャリアです。どんな曲でも自在に弾く実力がありますが、「演奏がどうにもパッとしないので、なんとかしてやって」というのが師匠のオーダーでした。

一方お孫さんはというと、有名女子高校に通う超優等生で、過密スケジュールの中、ピアノも頑張っています。3分の空き時間があれば、すぐさま英単語の本を取り出してひとつでも覚えようとするところは、お父様のこども時代と重なります。

この3人、譜面はよく読んで練習してきていますし、パッと聞いたところだと、別にいいんじゃない?という感じですが、さすが私の師匠、これでは気に入らないとおっしゃいます。

確かに、私も「何かが足りない」ことはわかります。でも、その何かを伝えるのはとても困難なのです。

おそらくこのブログをご覧の方々の中にも、この状況に共感する方が少なくないのではないでしょうか。

楽譜はきちんと読めている。間違えずに弾ける。それなりに感情を込めて、精一杯表現している。なのに、つまらない・・・

ここで誰にでも一発で効果を発揮するような魔法の妙薬はないのだと思います。少なくとも、私はその妙薬を知りません。

そして、もうひとつ困ったことに、私には今も過去にも自分がこうした状況になったことがないので、抜け出し方がわからないのです。

でも、ここでそれなりの成果を出さなければ、互いに時間を無駄にしたことになりますので、そんな風に終わることだけは私には許されません。

考え出した処方箋はひとりひとり違いました。
優等生のお孫さんには、とある1小節を取り出し、その部分だけをとことん分析して、どのようなタッチで表現すると心地よいかを、一緒に導き出しました。あとの応用は賢い子ですので自分でできるでしょう。

OLさんは、自分の演奏に迷いがありました。彼女に欠けているのは、レッスン室で補えるものではありません。「ボクシングでもしてみる?」と提案すると、「ええ~?」という反応。そりゃそうですね。理屈を考えずに、突き進む精神力が彼女には必要なことを、その後の会話で理解してもらいました。

もう一人のOLさんは、思い切りはいいのですが、演奏の出来栄えにムラがあります。弾き始めると、体中のチャンネルが解放され、ひたすら発散するタイプです。一度一度を大切な機会ととらえ、抑制と発散をコントロールする術を一緒に考えました。

演奏を磨き上げるには長い時間が掛かりますが、彼女たちはそれぞれに何か手応えを感じてくれました。

師匠は「私のいいたいことを、よりわかりやすい言葉で巧みに伝えてくれた」とほめてくれました。そりゃそうです、私はこの教室で育ったのですから。

これからも様々なご縁で、様々な人にレッスンをすることになるでしょう。限られた時間で互いを理解し、必要なことを注ぎこむのは簡単なことではありませんが、そこには大きな醍醐味があります。

もし運命により、私のレッスンを受けることになったら、ヘトヘトに疲れる覚悟と、この上ない音楽の喜びに触れる期待を胸に出掛けてきて下さい。