音楽は魔法

音楽って何だろう。
この漠然とした問いに、私はおそらく生涯答えを見出すことはないだろうと思います。
なぜ、こんなに心を揺さぶるのか。どうして、これほど忘れがたいのか。

言葉が通じなくても、どんな国の人とでも、同じ旋律に同じ思いを共有できたり、どん底の気分にある時でさえ、生きる気力を湧きあがらせたり、人の心に計り知れない影響力を持っていることは確かです。

私は舞台でも稽古場でも、何かを弾いている時には「なんていい曲なんだろう」と、心で常にしみじみ感じています。「この旋律、最高!」とか、「ここ!ここがうっとりするんだよな」とか、どんな曲にでも必ず潜んでいる魅力をいち早く見つけ出そうと努めています。

その時、私はまさに魔法に掛かった状態。楽しい曲を弾けばどんな悲しみも吹き飛びますし、恋の曲を弾けば誰かを思う気持ちで胸が張り裂けそうになります。それはさながら俳優のようなもの。本当の俳優は概ね人物を演じますが、音楽家は動物や植物にもなりますし、時には雨や星にもなります。

魔法に掛かるのは弾いている私だけではありません。聞いている皆さんにも魔法が伝わることがあります。

数日前、私は初めて訪れる都内の楽器店にお邪魔して、所属する先生方を対象に演奏とお話をお届けする演奏会を行いました。とりわけエレクトーンの世界で知名度の低い私ですから、集まったのは数えるほど。たった7人の観客を前に、演奏会が始まりました。これまでの最少人数を大幅に更新です。

人数の少なさはこの際問題ではありません。それは多いに越したことはありませんし、満席の賑わいが演奏を一層盛り上げるのも事実ですが、私は環境に左右されることなく、すべてのステージに対しマキシマムの精神で望むことをモットーとしていますので、この日も精一杯の演奏をお届けしたのでした。

演奏会が始まる時。呼びこまれてステージに立つと、最前列に若い男性が座っていました。ちょっとAYAKIさんに似た感じ。新人の講師さんなのかなと思い、「先生ですか?」と尋ねたら、「違います」との返事でした。

少人数の演奏会ですと、おひとりおひとりの表情がよくわかります。演奏の合間にトークをする時も、ステージでというより、直接向き合って話しているような気分です。と同時に、皆さんの音楽の聴き方というのも、強烈に伝わって来ます。

今回、お客様はおそらくほとんど期待をせずに聞き始めたのだと思います。それは、最初にステージに立った時点で、「これっぽっちも期待していません」オーラが伝わって来ましたから。

でも、1曲終わって、お話して、2曲、3曲と進むにつれ、皆さんの表情や音楽への入り込み方がどんどん柔らかくなり、音楽の魔法に掛かったことが感じられます。私の魔法じゃありませんよ。音楽の魔法です。

こうして演奏会はどんどん盛り上がって終わりました。でも、最前列の彼だけは違います。最初から魔法に掛かっていたのです。

私が演奏を通じて皆さんに投げかけるものは、皆さんの心を通り抜けて、ふたたび私の心にも響いてきます。私はそれを常に感じながら、ある時は確かめながら演奏を進めます。

この日、客席にいた皆さん、そしてスタッフの方々含め、全員がとてもいいものを私に返してくれました。その中で特に最前列の彼は、私が投げかけるものを一つも逃さず受け止め、心の中に響かせてくれていることがつぶさにわかるほど、強烈なシグナルを発していました。

この人は本当に音楽が好きなんだ。私よりも熱烈に音楽を愛しているかもしれない。そう思いました。

演奏会が終わってから、客席の皆さんと会話するチャンスがあり、先生方にもご感想を伺った後、その彼にも話を聞きました。

聞けば、2年前にYouTubeでたまたま私の演奏に触れ、かつてやっていたエレクトーンをもう一度弾いてみたくなって再開したとのこと。

そして、私の動画を何度も見て、そこから楽譜を起こして、自身のレパートリーとして発表会でも演奏したエピソードを聞かせてくれ、実際にその楽譜も見せてもらいましたが、私はそれにいたく心を動かされました。

こんな風に音楽に一途になれたら幸せです。そこに役立てたことが私の幸せです。これからも長く音楽やエレクトーンと歩んで行ってほしいと願いつつ、私よりも大きくて逞しい手と握手して別れました。

今もまだ、音楽の魔法が解けずにいる感じです。これから新潟に向かい、鎮守の森に集まった皆さんにも音楽の魔法を感じてもらえたらと思います。