これまで山口県内だけだった神田将第九が、初めて兵庫県加古川市で実現しました。日本で第九を広めたパイオニアである労音さんにとっても、エレクトーンによる第九は初。全国から熱い注目を浴びての公演は、大成功に終えることができました。
上の写真は、公演前夜に行われたリハーサルの様子です。仕事や家事を終えた合唱団員たちがステージに集い、発声練習中。右隅に少々見えている背中は、バリトンの池内響さん。会場に入るなり、私に挨拶に来てくれました。老人への礼儀を忘れないとは、見どころのある青年です。この後のリハーサルはすべて順調に進んだのですが、それまでの準備段階には試行錯誤がありました。私が姫路入りしたのは、前々日の午後。姫路城の改装オープンを翌日に控えた姫路市内はお祭り騒ぎ。自衛隊の曲芸飛行まで披露され、驚きの賑わいに。その影響で周辺道路は大渋滞となり、到着も大幅に遅れました。
この日は定休日の文化堂さんで指揮の川邊先生と音楽リハーサル。ちょうど音楽教室の発表会と重なり、教室のエレクトーンはすべて会場へ出払っていたため、店頭をお借りしての稽古です。こんな融通を利かせてくれるのは、文化堂さんならでは。本当に助かりました。
川邊先生と合わせるのは、この時が初めて。川邊先生は合唱指揮の大ベテランですが、エレクトーンを相手に指揮をなさるのは初めてとのこと。これはオーケストラなのか、ソロ楽器なのか、弾いている私ですら時にこんがらがるのですから、指揮をするのはもっと妙な感じだろうと思います。
当然のことながら、私も初めての指揮者と対峙する時には、身がまえます。これまで多くの合唱団を導いてきた先生だけに、手厳しいかもしれないと覚悟していたのですが、リズムを取る指先から感じられるのは、とてもおおらかで愛情深い音楽でした。この先生の導きで合唱をするのは、さぞ温かく楽しいことだろうと想像できます。私の不安は一気に吹き飛び、あとに残ったのは自分自身の精度の問題だけでした。
お城の中にある動物園に暮らす、ゾウの姫子に挨拶するのが目的です。この姫子は2代目。襲名というのも珍しいです。お城を背景にのんびりと砂掛けをしている姫子は、子どもたちにも大人気。姫路城撮影にも、姫子の家の脇からがなかなかいいアングルです。
姫子と対話したあと、いざ会場へ。午後2時にエレクトーンが搬入され、セッティング。これまで山口県での第九では、常に音響エンジニアの世話になっていましたが、今回はソロコンサート同様に、パワードスピーカーのみでやってみることにしました。第一に主催者の経済的負担を減らせること、第二に合唱とのバランスを私自身がコントロールできることが利点ですが、客観的に聞けないのでリスクもあります。
パワードスピーカーを設置するベストポジションは、これまでの経験で瞬時に判断できますが、今回、その位置には合唱団が立つためのひな壇が組まれています。それを避けるには、スピーカーはかなり両サイドに離れて置かなければなりません。私自身は自分の音が聞こえない環境でも、バランスを保って弾けるだけの経験がありますが、指揮者にエレクトーンの音がバランスよく聞こえないのは致命的です。そして、合唱団員にも程よく聞こえ、かつすべての客席で違和感のない音が聞けるのが理想ですが、そのポイントをなかなか見つけることができず、ずいぶんと苦労しました。
ひとつはホールが素晴らしすぎて、響きが過多だったこと。エレクトーンには残響を加える機能(内蔵リバーブ)があり、通常はそれを効果的に使用しますが、今回はすべてゼロに設定しました。そして、ホールの内装がユニークで、一部にガラス窓や布が使われているため、響きの特徴がユニークだったことも影響しました。
使える限りの時間を費やして、弾き方を工夫したり、耳を慣らしたりして、やっと感覚を掴めたのがリハーサルが終わった時。合唱やソリストとのバランスが心配でしたが、その点はあんがいスムーズに行きました。
当日は朝一番で会場入りし、もう一度響きの確認を。やっぱり感覚が元に戻ってしまっていて、再度慣れるまで時間を掛けます。第九のリハーサルは一度の通しのみながら、とてもいい感じですし、何と言っても楽しくて本番が待ちきれません。
楽屋には花見会席のような美しい手作り弁当が用意され、本番前に舌鼓。食べ過ぎるとあとがしんどいと思いつつきれいにいただきました。着替えて本番。一部はエレクトーンソロ約1時間です。満席の会場にもかかわらず、皆さんが一体となって音楽と一緒に心を動かしてくれているのがわかります。まさにひとつの船に乗り合わせている感覚。続く第九もリハーサル以上に融けあい、いいアンサンブルに。始まってしまうとあっという間におしまい。もっと弾いていたい気分でした。
終演後は館内で交流会。海外を含め、遠路はるばる集まって下さった方々と、成果を分かち合えるひとときは貴重です。1台のエレクトーンと、第九を歌う合唱としては小規模な今回の合唱団。シンプルでユニークな取り合わせですが、それでも第九はできる。スタイルがどうであれ、大切なのは、演奏した音楽がベートーヴェンの第九であったかどうかの一点に尽きます。規模やスタイルを超越して、音楽の本質で挑んだ今回の第九。これは広がると思います。