姜建華二胡コンサート北海道ツアーも残すところあと3日。どのコンサートも甲乙つけがたく同等に重要ですが、今日の札幌公演にはひときわ神経を遣いました。理由は会場がクラシックコンサート専用ホールだからです。
今日以外の会場はすべて、芝居やバレエにも使える多目的な大ホール。その最前部にある舞台は、緞帳などで仕切ることができる独立した空間になっています。
ところがコンサート専用ホールの客席と舞台には特段の仕切りがなく、演奏者と聞き手が同じ空間を共有する造りになっています。例えるなら、映画館で映画を見るような感覚なのが一般のホールならば、コンサートホールはスタジアムや国技館での観戦に近いかもしれません。
加えて、アコースティックな音楽が最大限の効果をあげられるよう、緻密な計算に基づいて設計されていますので、極めてリッチな響きが得られます。
しかし、こうした音楽専用ホールでエレクトーンを演奏する場合、特に音響面での配慮において毎回苦労します。
エレクトーンは電子楽器ですので、いわゆる「生音」というのが存在しません。楽器そのものからあらゆる方向に拡散する音を発するピアノやヴァイオリンなどのアコースティック楽器とは根本的に違うのです。
エレクトーンの音は必ずスピーカーから発します。そしてスピーカーの音には指向性があり、向いているライン上で聴く音と、そうでない場所で聴く音に大きな差が生じます。
一般のホールのような、舞台から見て客席が一定の方向に集中している場合は、PA(音響機器を使って音を客席に届ける/パブリックアドレスの略)しやすいのですが、今日の会場のように、舞台から見て360度の方向に客席がある会場で、均一なPAをするのは極めて困難です。
それ以前に、クラシック音楽であることを前提としたコンサートのみが上演される会場で、PAされた音がどこまで許されるのかという、通念上の課題も無視することはできません。
可能な限りアコースティックに。ソフトに上品に。甚だしいことはせずに。などなど、こうした会場でエレクトーンを演奏する時は、いかに通常のクラシックコンサートに近づけるのかという努力に終始することがほとんどでした。
でも、最近、私の考えは変化して来ました。エレクトーンにはエレクトーンのよさがある。それを最大限に発揮することを目指すべきであり、何もアコースティック楽器の尻を追い回すことはない。時に大胆で時に繊細な、アコースティック楽器だけでも、エレクトリック楽器だけでも実現しない、独自の世界を表現すべきだと考えるようになりました。
今回の姜建華コンサートは、エレクトーンが加わってこその多彩なプログラムが魅力のひとつ。それなのに、生っぽさにばかりに縛られたのでは、私が加わった意味がありません。ガツンと行く時はガツンと行かせてもらいます。
一方で大切にしたいのは音の質。アコースティック楽器のニュアンスを損ねてしまったのでは、まったくもって台無しですので、そこのところは音響さんと一緒に工夫を重ねながら、可能な限り心地よい音色を目指します。
エレクトーンも同様です。電子音でありながらも血が通った音であるように演奏してるのですから、その血の温かさを損ねることなくPAしてもらわなければなりません。
さて、今日の演奏は客席にどのように届いていたのでしょうか。エレクトーンの音は本体からは出ていないので、私が自分の音を確認できるのは、サイドに置かれたモノラルのモニターだけです。
これはあくまで自分の音を確認するためのもの。芸術的表現をサポートしてくれるものではありません。
もし芸術的表現に有効なPAを望むのであれば、私が聞く音とお客様が聞く音が同一である必要があります。その場合、PA用のスピーカーを舞台の一番後ろに設置することで実現できます。
しかし、今回のようにアコースティック楽器にマイクをセットしてPAする場合、背後にスピーカーを設置すると、楽器のマイクがスピーカーの音を拾ってしまい、「回り込み」という現象が起きてしまいますので、あまり適しません。
今日も私はお客様がどのような音を聞いているのかを、実際に確かめることができず、想像だけでバランスをとらなければなりませんでした。それが演奏に悪影響を与えることはありませんが、一層気分を盛り上げてくれるということもありません。
アコースティック楽器の皆さんは「ホールだとやっぱり気持ちがいい」と口を揃えますが、私にはそれが感じられないのです。せっかく素晴らしいホールで演奏しているのに、ちょっと悔しく思いました。
とはいえ、コンサート全体の評判は上々。姜建華さんもご満悦でしたので、私も十分嬉しいです。
終演後はCDサインのため、ホワイエに出ました。サイン会用のテーブルに構えようかと思ったのですが、隣のCD売場が大変なことになっていました。
まるで特売のワゴンセールのようです。CD販売をしているのは地元CDショップのお兄さんひとりだけ。とても対応しきれず、パニック状態でした。
これは放っておけません。私もサインどころではないと腹をくくり、CD販売の手伝いに入りました。
大声で「CDはこちらですよ~!」と呼び込みをしながら、次々と延びてくるお客様の手に対応し続けました。「はい、2枚で4,900円です。5,000円お預かりします。100円のお返しですね。ありがとうございました。」
「さあさ、早くしないと残り少ないよ~」「あ、お母さん、細かいのない?」「はいはい、毎度あり~」って、タキシードを着た魚屋さんのようになっていた私。
その割に、自分のCDはあまり売れませんでしたけどね。お客様は、このCD売りが、さっきまでステージにいた人だとは気付いていなかったかもしれません。
それはそうと、やはり立派なホールのステージでは、特にエレクトーンがとてもチープに見えます。もう少しデザイン的に高級感が欲しいと思うのは私だけでしょうか。
今日の夕食はチーズケーキでした。