10月14日は長い長い一日でした。それもとびきり幸せな。やっぱり弾き続けてきてよかったとしみじみ思います。
前夜は早めに休みたかったのですが、実際はほとんど眠れず。遠足前日の心境というわけではなく、プログラムの印刷などの事務的な作業に勤しんでいたからです。
プログラム印刷は業者に依頼する予定でしたが、なにしろ直前まで演奏曲をフィックスできなかったので、自分でやることにしたのでした。
演奏曲決定がギリギリなのは毎度のことですが、今回はとりわけ悩みました。系統の違う作品が並ぶので、それぞれが引き立つように効果的な位置に並べるのに苦労したのです。
前日まで演奏曲の差し替えを繰り返し、今回のために準備が整っていた曲であっても、流れに沿わないと感じたものは思い切って外したりもしました。
やっと決まったプログラムを全曲通して弾いてみたのは、当日14日の午前中。私が一番懸念していたのは、果たして体力が持つかという点です。
作品によっては1曲弾くだけでも相当な体力と気力が求められますが、それらを10曲並べた場合、単純に×10とはならず、×100くらいの構えが必要です。
午前中のランスルーでは、中盤でもう燃料切れの黄信号。後半に連続する大曲へのモチベーションが崩れそうでした。
でも、ここで焦って重心を失っては、全体が台無しになってしまいますので、体力のリカバリーと気持ちの維持に集中することにしました。
会場入りしたのが午後1時半。準備が進むホールに入ると、急に恐怖心が増大。まぎれもなく自分の演奏会なのに、なんだか場違いなところに迷い込んだような気持ちです。
とりあえず舞台の準備が整うまでは楽屋で待機することに。その時、私の気分を解きほぐしてくれたのが、お馴染みのエージェントIZUです。
楽屋で他愛のない話をしていただけですが、これから始まる演奏会に向けて、また新たに自信と希望が湧きあがってきましたし、古くからの弟子たちや後援会の皆さんが近くにいてくれたことも、心強く感じました。
ステージでのリハーサルは午後4時過ぎから。いつもなら必ず全曲を通して弾きますが、今日は要所の確認のみ。松本淳一さんもリハーサルに付き合って、音に関するアドバイスをしてくれました。
それでもまだそわそわ。これほどステージ慣れしていて、緊張と無縁の私が、息苦しくなる始末です。
開場すると、バックステージに私はポツリと取り残された状態になります。アンサンブルならば、共演者たちと気持ちを盛り上げ合えるのですが、この時ばかりはひとりが寂しく感じます。
さて、いよいよ開演。スイッチを切り替えて、いざステージへ。あとは私が一番好きなことをすればいいだけです。
まずは客席に向けて頭を下げ、ご来場への感謝を噛みしめます。すると、スーッと心が落ち着いてきました。
楽器にスタンバイし、演奏準備のための操作をして、照明が変わるのを待ちます。ある意味、灯りがコンダクターの合図のようなもの。最初の一音が場内に響いたら、あとはその瞬間ごとに起こるすべてを楽しむことに専念します。
薄明かりの中にこだまするチャイコフスキーの旋律。「敬虔に」というチャイコフスキー自らの演奏指示を意識しつつ、今年体験した心の空白をなぞるようにして弾きました。
続いてアヴェ・マリア、さくら。張家界で見たこの世のものとは思えない美しい光景が目の前に蘇るような気持ちでした。
そして久保葵さんの作品を弾き、第1部のラストはフィンランディア。体力的なターニングポイントですので、一番気持ちに乱れが生じやすく、注意を怠れません。
15分の休憩で、タキシードからスーツに着替え。楽屋に松本淳一さんと舞台監督が来て、よかったよと言ってくれました。それにどれほど力をもらったことか。ほんの一言でも、エンジンが掛かります。
第2部はオペラ座の怪人から。弾き慣れている曲ですが、リサイタルで弾くのはちょっと気分が違いました。
そして本日の目玉、種族B。私がこれまで演奏したどの作品とも違うので、作風の説明と「刺激が強いです」というアナウンスをしました。
この曲は、新しい世界というより、もはや別の次元と表現した方がいいかもしれません。エレクトーンでなければ表現できない音楽。予想もつかない展開。衝動的かと思えば、夢のようなゆらぎ感。クセになりそうな音楽です。
でも、ここで燃え尽きるわけにはいきません。アランフェス協奏曲をしっとり歌って、最後はラ・ヴァルス。心配していた体力の維持には問題もなく、理想的な配分の中で、気持ちよく弾けました。
アンコールはラデツキー行進曲。会場の皆さまに手拍子もいただいて、楽しい雰囲気で幕となりました。
終演後はロビーへ。今回も遠方より来て下さった方々がたくさんいらっしゃいました。九州、四国、関西、東北、そして韓国からも。そして、会場にこれなくても、どこかで成功を祈ってくれている人たちがたくさんいることも、しっかり受け止めています。皆さま、本当にありがとうございました。
来週は姫路でのリサイタルです。一部を入れ替えるほかは、ほぼ今日と同じプログラムで演奏する予定です。どうぞご期待下さい。