まだ空が暗いうちに上海のホテルをチェックアウト。ロビーでタクシーを待っている間に夜が明け、霞の中を一路浦東国際空港へ。車窓から見上げると、夥しい数の鉄塔と電線が空を覆っていて、電子回路の中に迷い込んだかのようでした。
朝の成田行きはガラガラ。航空会社には痛手でしょうけれど、旅行者にとっては嬉しい限り。コンサートは満席の活気が好きですが、隣席を空けてゆったりと座り、自分だけのために演奏されているような気分で聞くのもいいような気がしました。
成田空港には予定よりも早く到着。ドアオープンから入国審査、荷物受け取り、税関までが約5分のとんとん拍子。この後は東京へ戻らず、成田エクスプレスに乗って横浜へ向かいます。
空港に人が少なかったので、おのずとNEXもガラガラ。私が乗った車両は、とうとう横浜まで貸切状態。ふだん車内で珈琲を買うことは少ないのですが、少し売上に貢献しようと思って、笑顔を絶やさない兄ちゃんから珈琲1杯を購入。日本の風景を眺めながら、ホッと一息です。
横浜では、ウィーン国立歌劇場2012日本公演に招かれ、モーツァルトの「フィガロの結婚」を鑑賞しました。最高59,000円という高額なチケットながらも、ホールはほぼ満席。華やかな雰囲気です。
オーケストラがウィーンフィルの母体であるウィーン国立歌劇場管弦楽団であることは当然わかっていますが、キャストや演出についてはあえて知らないまま客席に着き、先入観なしに楽しむことにしました。
序曲の最初のフレーズが始まった瞬間、ああ、これぞウィーンの響きだなと、それはもう夢のような気分に。木管の極上の美しさ、コントラバスの深い音、艶やかなヴァイオリンなど、こうも違うかという印象です。
キャストの歌声はもちろん申しぶんなく、加えてかなりの演技派。歌手がフィガロやスザンナを演じているというより、物語の世界から飛び出してきた本物のフィガロたちがそこにいて、彼らって実はそんなに歌がうまかったのかと思わせるほどです。
フィガロの結婚が楽しいことは知っていましたが、こんなに、こんなに、こんなに楽しいとは、初めての体験です。でもやっぱり、音楽そのものがしっかりしているからこそ、ここまで遊べるような気がします。指揮者とオーケストラが、ため息が出るほど素晴らしい歌い手たちよりも光っていました。
終演後は、ヨコハマノスタルジーの薫る店、スカンジナビア料理「スカンディヤ」へ。まるで古い写真の中に飛び込んだような世界。窓から見える雨のヨコハマが雰囲気を一層深めています。
スモーガスボード風の前菜、スープ、フィレステーキ、デザート、コーヒーを楽しみながら、オペラや音楽の話に花が咲くと、時間が経つのを忘れてしまいます。
上海、横浜、そして気分だけウィーン。まるで時空を超えた体験です。国や時代が違っても、同じものに共感できるんだなと、しみじみ思う一日でした。