TONPEI×神田将 チャペルコンサート「うたごころ」

和歌山で開催されたチャペルコンサート。純粋なクラシック音楽を一曲も演奏しないというのは、私にとってたいへん珍しい経験です。当日は慣れない環境に戸惑いがないわけではありませんでしたが、心配していても仕方がないので、思い切り楽しむことにしました。

共演のTONPEIさんは和歌山出身で、地元和歌山を歌で元気にしようと積極的に活動しているシンガーソングライター。私よりも少し年上で、色気とユーモアのあるカッコいいおじさんという印象です。

私が唯一エレクトーンのレッスンを定期的に実施している宮井楽器に、私を呼びこんだのもTONPEIさんでした。和歌山の子どもたちに本当の音楽を教えてやってくれ。そして、もう一度エレクトーンの宮井と認められるよう導いてくれ。その熱意に共感し、早くも4年が経とうとしています。

そんなご縁から、ぜひ共演の機会を持ちましょうと、前々から盛り上がっていたのですが、いざ実現するとなると、さまざまな課題がありました。

そこに絶妙のタイミングでチャンスを投げかけてくれたのが、ホテルグランヴィア和歌山の皆さん。恒例イベントになっているチャペルコンサートに、ぜひふたりで出演して欲しいとの申し出があったのです。

やっと願いが叶うと私も喜びましたが、日取りが7月14日に決まると、ちょうどその前後に渋谷のコンサートと霧島国際音楽祭が控えていることから、やり遂げられるだろうかと不安になりました。

渋谷も霧島もクラシック作品を中心とした内容で、それぞれに新しい作品を編曲して準備しなければなりません。8月の準備も加えると、7月中に50曲ほどを仕上げる必要があり、そこに加えて慣れないポピュラー曲を1公演分仕込むのはリスクを伴います。やもすれば、3公演すべてが総倒れになるかもしれません。

ただ、今シーズンは例年よりも公演数をぐっとセーブしていたので、準備の時間はいつも以上に取れそう。それに、ポピュラー曲なら、TANEちゃんが強力なサポートをしてくれるに違いありません。長期戦を覚悟して、早い段階から準備に取り掛かりました。

渋谷に向けては15作品ほどの新編曲とデータ作成が必要だったのですが、それは6月中に仕上げました。そしてリハーサルやその後の手直しなどと並行してTONPEIさんの曲を。

ポピュラーの場合、もらえるのはコード譜だけ。それを、TONPEIさんのCDから耳コピーをして楽譜に書き起こすのがTANEちゃん。出来た楽譜を見ながら、音の組合せを決めたりドラムパートを打ち込むのが私。その連携のおかげで、7曲がほぼ1週間で仕上がりました。

TONPEIさんとのリハーサルは、公演前々日に1度だけ。もしそこで問題が生じれば、その日のうちに解決しなければなりませんが、幸いトラブルもなく、リハーサルが終了。前日は終日子どもたちのレッスンをし、いよいよ当日を迎えます。

チャペルはこの日のコンサートにぴったりの雰囲気。前方にステージが組まれ、宮井楽器さんが提供してくれたエレクトーンがセットされていました。TONPEIさんのライブをいつも担当しているPAさんも加わり、いつの間にかチャペルがライブホールに。

日が暮れて、レストランで食事を済ませたお客様がチャペルに集まりだすと、誰もいないリハーサル時とはまた違ったムードに変わりました。コンサートは私のソロからスタート。4曲を演奏した後、TONPEIさんの登場です。

お客様は一気に沸き上がり、TONPEIさんの人気ぶりがうかがえます。いつもはピアノ伴奏だけでしっとりと歌うバラードを、オーケストラのイメージにアレンジしてみたオリジナル曲で、お客様の心をつかみます。

そしてオリジナル曲と80年代を中心とした懐かしいポップミュージックを披露。トリはTONPEIさんのテーマ曲ともいえる「夢は途中」。合間には楽しいトークもあり、あっと言う間の80分でした。アンコールはTONPEIさんが高校生の時に作曲したという「おばあちゃんのうた」。シンプルさが、胸に沁みる名曲です。

この日私は、ポップスを弾いているとは言っても、ポップミュージシャンになることはありませんでした。私自身が長年かけて築いた自分の立ち位置を壊しては話になりませんし、TONPEIさんにとってはクラシック演奏家の神田将と共演することにこそ意味があります。

チャイコフスキーやラフマニノフのフルスコアを探求するのと同じ視点で、TONPEIさんの楽曲を解釈し、一音ごとの意味を探る作業はとても有意義でした。歌詞に込められた情感を理解するために、雨の街を傘もささずに徘徊したりもしてみました。

クラシック作品を演奏するのと大きく違っていたのは、目の前に作曲した本人がいて、しかも歌っていること。この経験を通じ、この世を去った作曲家たちとどう向き合うべきなのかが、なんとなく浮き彫りになった気がします。