「ドラマチック・ボイス」コンサートは、東京文化会館小ホールを熱狂の渦に巻き込み、大興奮の余韻を残して終演しました。30年間エレクトーンを弾き続けながら、いつかこんなコンサートを開催したいと思い描いたものをこうして実現させることができ、たいへん嬉しく思います。
オペラの世界観を極限まで凝縮した舞台。エレクトーンならではの圧倒的な器楽演奏。フォーマルな品格と、肩肘張らないくつろぎ感。これらをバランスよく配置して、歌手と奏者が対等な関係を保てるコンサートをやるというのが今回のコンセプト。プッチーニのメモリアルイヤーであると同時に、私自身の30周年の節目というタイミングも感慨深く、誰の気にも留まらなくとも、自分にとっての金字塔にしようと心に誓って準備に掛かりました。
どなたに歌をお願いするかも散々考え抜いて、最終的に平野雅世さんと今井俊輔さんをお迎えすることになりましたが、終演した今、改めて振り返ると、このふたりありきの企画だったと思えるほどに、つくづくこの人選で大正解だったと感じています。
実力があって、新しいことに抵抗なく付き合ってくれて、お客様へのサービス精神を忘れない。私の周りにいるアーティストは必然的にこうした点を備えていますが、平野さんと今井さんは、率先してさまざまなアイデアも出してくださるので、一緒に作り上げる感が大きく、常にワクワクしながら準備を進められました。
公演内容ががっちり固まったのは本番数日前。ギリギリまで練りに練ることで、たいへん魅力的なコンサートに仕上がった一方で、裏方スタッフをヒヤヒヤさせ、土壇場であれこれ対応させる結果になり、心苦しいところも多々ありましたが、彼らもまた本当によく協力してくれ感謝しています。
そして、これも毎回感じることではありますが、なんといってもお客様が素晴らしいのです。歌手それぞれのファンの皆さまは、それはもう慣れたもので、タイミングよくブラボーを飛ばしたり、演者の心を一層盛り上げる大きな拍手を寄せてくださいます。また、客席を見渡すとこれまでになく若いお客様が多かったのです。10代、20代のお客様が、誰かの付き合いで借り出されたという風でなく、自らの意思でご来場になったというのが、ステージからでも感じ取れました。
コンサートは、マノン・レスコーの間奏曲でスタート。第1部はプッチーニ作品から完成順に4作を取り上げ、それぞれのあらすじを語るとともに、この日演じる部分の聞きどころ、登場キャラクターのイメージ、動機などを、ちょっとユーモアを交えながらお話ししました。
音楽に乗せて歌手が登場すると、シンプルなステージがオペラの場面に見えてくるような、白熱した演唱が繰り広げられます。東京文化会館小ホールのいいところは、じゅうぶんリッチな響きが得られつつも、後方席からでも演者の表情まで感じられるところ。そして、石造りの独特な建築が、装飾なしでも雰囲気を与えてくれるところです。
第2部は、オペラの有名曲、大河ドラマ、オペラ歌手が歌うポピュラーソングなど、親しみの感じられるステージにしました。間には歌手たちへのインタビューを挟みましたので、真剣に歌っている時には見えない素顔をお届けできたと思います。
あっという間に125分が経ち、名残惜しくステージを後にし、舞台裏で成功の喜びを分かち合っていたのですが、客席の照明が明るくなっても拍手が止まらず、いよいよ大きくなって来るではありませんか。予定外の追加アンコールにもおふたりが付き合ってくださり、会場はおおいに湧きました。
本当に完全満席の時のような盛大な拍手をいただき、奏者としてこれ以上の幸せはありませんが、私の力不足により、実際には空席も多くありました。内容にばかり気を取られて、お知らせやお誘いにじゅうぶんな力を注げなかったことを深く反省しています。
内容的には、早々の完売に値するものができました。これをどのように知っていただくか。課題は残りますが、若い方々の行動力や知恵に心を開きつつ、新しい方法を取り入れていこうと思います。
私たちがお客様に心地よい余韻を残したように、お客様もまた会場に余韻というぬくもりを残してお帰りになりました。お客様をお見送りした後は、完全退館までのわずかな時間ですべてを片付けなければなりませんので、ぼんやり感慨に耽る余裕はなく、まるで夜逃げです。
それでも、素晴らしい共演者、素晴らしいお客様の存在に心は満たされています。そしてスペシャリストが揃う自慢の神田チームもまた本当に素晴らしい。彼らあっての公演です。これからも無理難題ばかり押し付けますが、彼らならやってくれるでしょう。みんな本物ですから。
写真:上田海斗