姫路労音70周年、神田将30周年

姫路労音70周年記念シリーズの例会に神田将エレクトーンを取り上げていただき、その本番のために姫路を訪ねました。

一般的に、出演者の会場入りはいわゆる裏口に当たる楽屋口からひっそりと入って楽屋に直行というパターンですが、姫路労音ではこのコンサートを担当したメンバーがホワイエに集い、メッセージの入った横断幕や手製のうちわなどを持って、歌とスピーチの盛大な歓迎セレモニーを開いてくれるので、毎回ワクワクします。

再会の喜びや公演への意気込みを分かち合うひととき。ふだんの公演より早い段階で気持ちが高揚し、これでリハーサルへの準備運動もバッチリできたところで、それぞれの持ち場へと散って、お客様を迎える準備に取り掛かります。

楽屋へ入ると、姫路労音と神田将の歩みを記した一覧と、これまでのハイライト写真を添えたポスターが掲げてあるのが目に入りました。そこに姫路に神田将を紹介してくれた「あとむ」こと齊藤博之さんとのツーショットを見つけた時にはもう感無量。

その思いのままにリハーサル開始。アクリエひめじで演奏するのは今回が初めてですが、中ホールは大きさ、響き、内装ともにちょうどいい感じで、とても気に入りました。演奏環境としてはまったく問題ないので、弾くことに専念でき、気を揉んだり焦ったりする要素が何ひとつなく、すべてが順調でした。

穏やかな気持ちで開演。客席には多くのお客様が詰めかけてくださいました。私の力ではお客様が集まりませんので、姫路労音のひとりひとりが相当に頑張ってくれたに違いありません。ステージ中央に立って客席を見渡すと、たくさんの笑顔が応援してくれています。祝30周年と記された赤いうちわもあちこちに。演奏への気が引き締まります。

今回の演奏曲目は、事前にもらった姫路からのリクエストを膨らませて、緩急やストーリーを考えながら整えたもの。姫路労音の70周年と神田将の30周年を足して100年。次の100年へのメッセージになるような演奏会にしたいと思って選んだプログラムです。

冒頭は「ダフニスとクロエ第2組曲」(ラヴェル)。美しい夜明けの場面から始まるこの音楽に、すべての原点を重ねながら、次世代の幕開けをイメージしました。開演でこの大作をいきなり弾くのは躊躇しましたが、何度考えても最初がしっくりくる気がしたので、リスクを承知で弾くことに。

実のところ、開演からしばらくの間は、なかなか演奏に集中することができません。リハーサルで演奏環境を周到に確認したとしても、お客様が入った会場は、無人のリハーサル時とはまったくの別世界になるため、また改めて演奏環境に沿った演奏方針を立てながら弾くことになります。

例えば照明ひとつ、空気の流れひとつにも、演奏に多大な影響を及ぼす力があるので、それらに惑わされないよう、起こりうる変化を完全に把握するのが望ましいのですが、初めての会場では、それを本番で受け入れていくしかなく、すぐさま演奏に集中できないのです。

今回のように、リハーサルが順調で、かつ理想的なお客様が揃っていてもなお、演奏上好ましくない事態を随時回避しながら弾いていれば、それを集中した状態とは言えないでしょう。案の定、リハーサルでは聞こえていた打楽器音が本番では自分の耳に届かないなど、やっぱりいろいろありました。その中で傷のない演奏をしてこそベテランですから、私はまだまだ経験が足りないと痛感させられます。

そうした細かい冷や汗は数知れずありながら、終始心地よく弾けたのは、お客様の力によるもの。音楽で、トークで、お客様に何かを投げかければ、必ずそれに反応してくれる。この日、マイクを握る私が饒舌だったように、演奏もまた「饒舌」だったと思います。

風景が見える曲、エネルギッシュない曲、優しい曲、官能的な曲などなど、さまざまな世界を旅する曲目を弾き、最後は姫路労音のテーマソングのひとつとなっている「リメンバー」を客席の皆さまとご一緒に。リクエストを受けてエレクトーンソロ用として準備してありましたが、やはり歌詞を聞いてもらいたいと思い、「歌える人は一緒に歌って」「よかったらステージに来て歌ってくれてもいい」と呼びかけたら、大勢が舞台に上がって大合唱になりました。

アンコールは「マイウェイ」。これは今井俊輔さん中井智彦さんとの公演で伴奏していたのを聞いた人からのリクエストでした。ソロで弾いてもなぁと思いつつ準備して、弾いているうちにソロでもいい曲だなと胸を張れるようになり、アンコールで堂々と演奏。後刻「なんか、不意に感動」というご感想を多々頂戴し、嬉しく思うとともに、「なんか」という部分がとてもよくわかる気がしました。

こうして125分のソロコンサートはおおいに盛り上がって終演。でも、これで終わらないのが姫路労音。労音会館に移動して、手作りの祝賀交歓会です。主催の皆さんもさぞやお疲れのはずなのに、神田将30周年のために開いてくれたその心意気に感謝。

卓上には手作りの料理が並び、お祝いの挨拶、歌、踊り、アトラクションと、次々に飛び出すお楽しみを見ながら、姫路の味覚に舌鼓。まるで城の殿様になったような気分です。トリの出し物は名物伝統芸能の車人形。沖縄の北谷前を目の前で演じていただき大満足。演奏会の疲労が吹き飛びます。

早朝に両親をピックアップして東京を出発し、コンサートの仕込みと本番、そして交歓会と、長い一日でしたが、姫路労音と出会ってからの10年がギュッと凝縮された、かけがえのない思い出の日になりました。

翌日の午前中は、フリーの時間があったので、両親を連れて姫路のお城へ。と言っても姫路城はすでに何度も案内してもらったので、謎多き太陽公園を訪ねました。田園風景に突如現れるノイシュバンシュタイン城にびっくり。ユニークなモノレールで城のすぐ下まで行けますし、城内はエレベーター完備なので、歩くのが苦手な母でも安心。姫路の風景を見下ろしながら、家族時間を満喫しました。

そしてこのミニ観光には公演撮影のフォトグラファーと動画エディターも同行して、家族の様子をさりげなく撮ってくれました。記憶だけでなく、写真としても思い出が残り、いつでもそれを眺めることができるのは、とても嬉しいです。

また、公演では舞台周りで奔走した玲那も、トリック写真コーナーで素になって楽しんでいました。玲那も厳しい師匠としての私の前では緊張を崩さずにいるので、リラックスした様子を見る機会はなかなかありません。こうした自然体の時間も大切にしたいものです。

姫路ソロ公演は大成功でした。でもこれでおしまいではありません。今が次の時代へのスタートであり、ますます交流を深め、よりよいステージを共に創っていきます。

そしてあと2日姫路に残り、3公演分のリハーサルをおこないます。天空の城から地上に戻ったら、気持ちを入れ替えて、いざリハーサルへ!とてもいい気分で。

写真撮影:上田海斗