千葉市美浜文化ホールでのラフマニノフ・レクチャー&コンサートは、私にとって人生で何度かしか巡って来ない類の、特別な経験でした。
何を持ってして特別とするかは人それぞれですが、私には「自分の理解を超えた存在に深く交わること」です。その点でピアニストの青柳晋先生は、まさに超人でした。
まず、私の領分に対して、決して口を挟みませんでした。こうして欲しい、ここがやりにくいなど一切なく、そこにある環境においてベストなパフォーマンスを瞬時に見極め、自在に色を変えていく様子は、魔法としか言いようがありません。
それでいて、弾きながら音楽でもってぐいぐいと主張や提案を投げかけてくれるのが、面白くてたまらないのです。
当日の朝も、会場に到着するなり、そのままピアノに座り、ああこれから少しウォーミングアップをするのかなと思いきや、すぐさま協奏曲を合わせるのですから驚きです。
終始、音の世界だけに存在しているのだろうと思わせる厳格なオーラをまとっているのですが、決して気難しい感じではなく、そこはいつものユーモアたっぷりの青柳先生です。
そして、本番。構えてはいましたが、やはりぶったまげました。凄まじいエネルギーと振り幅でした。オーケストラとのコンチェルトを豪華客船クルーズに例えるなら、エレクトーンとのデュオは戦闘機を飛ばすようなものです。
しかも、想像してみてください、操縦桿がふたつあって、ピッタリ息があっていなかったら飛び続けられないところを。
私は必死に追随しますが、時折わずかにブレてしまいます。それを聞き逃さず、ご自身の演奏だけでも超人的テクニックが必要なのに、修正アクションまで示してくれることに、もはや神かと畏ろしくなりました。
こんなデュオを目の前でやっているのですから、お客様も熱狂しないはずかないわけです。私はKO負けでそのまま病院送りでしたが、何とも清々しく、最高に幸せなのでした。
このアンサンブルの前には、田中泰さんナビゲートのレクチャーがありました。エレガントでダンディなお姿に、田中さんのようなナイスミドルを目指そうかなと憧れましたが、その渋くも色気のあるお声を聞いて、こりゃマネできないと、早々に諦めました。
ラフマニノフの生涯をひも解きながら、その愛や苦悩に触れ、貴重なラフマニノフ本人の演奏音源に耳を傾ける。そこに、奏者目線の対話が加わり、上質な音楽番組のようなひとときでした。
ラフマニノフの音楽には、深い悲しみが刻まれていますが、絶望の淵にあっても、希望や喜びの輝きを忘れはしない一面をうかがわせます。この、ラフマニノフの愛にどっぷりと浸かる一日を過ごし、残りの人生にささやかな希望の光が灯りました。