トワイライト サガ

秋深まる11月。音楽の贈り物を心待ちにしてくれている子どもたちのため、波多江史朗さん、石川昇平さん、米津真浩さんと私の4人アンサンブルで佐賀県へ。福岡空港から車で約1時間。初めての唐津で出迎えたのは、松浦川の美しい夕景でした。

宿に着くなり、まずは翌日の演奏に備えてのミーティング。事前のリハーサルが1度も出来ないとわかっていながら、私が無謀にもプログラムを一新したため、楽器なしででも構成やテンポなどを確認しておく必要があります。

でもやっぱり楽器なしでは、なかなか感覚がつかめません。一通り確認だけはしたものの、あとは現地で一発勝負ということに。不安がないわけではありませんが、皆さんプロ中のプロ。ここはひとつ信頼しようではありませんか。

初日から一升瓶を呑み干す勢いの波多江さん。それに乗じる石川さん。玄界灘のイカ活造りなど、地の絶品が並び、リラックスムードも絶好調。アルコールが一滴も入っていない私は、ただただ大丈夫かいなと心配。

翌朝は素晴らしい天気。最上階の朝食ブッフェは、スタート時間からツアーのお客様でごった返していました。そんな中、私はひとりスーツ姿。添乗員さんと間違えられたかもしれません。

美しい唐津城を眺めながら、山盛りサラダを食べていると、「ここ、いいかしら」とツアーのおばちゃま。周囲を見ると満席の賑わい。「どうぞどうぞ」と席を勧め、程なく会話の花が。他愛ない会話の中からも、感じることがたくさんありました。

いよいよ初回の学校へ。今回は3日間で6か所、すべてが小学校です。全員で協力して素早くセッティング。でも、一通り整った時には、すでに開場まで30分ほどしか残っていませんでした。

まずは初演の作品から、オープニング用の華やかな曲は2度ほど合わせて、なんとかカタチに。フィナーレ用に用意した中学1年生が作曲した作品は、テンポの変化が多く、ぎくしゃくしたままタイムアップ。せめてプログラムを通して置きたかったのですが、まったく時間が足りません。

にもかかわらず、本番のお見事なことと言ったら。まるで何度も稽古を重ねて来たかのような出来栄えです。やはり皆さんさすがプロ。心配した私がバカでした。

そんなわけで、午後の会場では少しばかりの余裕が。よりよい演奏を目指して合わせを重ねるべきかもしれませんが、むしろここはリラックスムードが大切だと判断して、個々の時間を思い思いに使ってもらうことに。

状態が思わしくないアップライトピアノでも文句ひとつ言わず、完ぺきな木枯らしを聞かせてくれる米津さん。

いつ聞いてもうっとりする美しい音を響かせる波多江さん。アンサンブルにとてつもない渦とエッジを与えてくれる石川さん。それぞれの魅力が最大限発揮きるようにするのが、リーダーである私の仕事です。

子どもたちだけでなく、先生や保護者の皆さんも一緒になって満喫できるプログラムを。米津さんの若いエネルギー、波多江さんのエスプリ、石川さんのパッション。その中で私は何を示せるのか。考えた末に出したテーマは、コオーディネートでした。

そして、表に出てくることはなくても、舞台裏を支えてくれるスタッフやエージェントもまた、出演者と同等の仲間です。

2泊目は鳥栖に滞在。ふと立ち寄った西洋料理店が素晴らしかったです。鳥栖は「鳥の住みか」だからでしょうか、鶏のコンフィが絶品。カリッと香ばしい皮と、骨までするっとほぐれる肉。店の名はVoyage。また再訪したい店です。

3泊目は嬉野温泉。宿はなんと和多屋別荘。アンサンブルツアーでは破格の豪華版です。嬉野のみならず、佐賀を代表する名旅館であることは知っていましたが、訪れるのは今回が初めて。

最近、おもてなしという言葉が乱れ飛んでいますが、本当にもてなしに自信があるのなら、きっと言葉にはしないのではないでしょうか。誠実さや親切と同じで、これがおもてなしですと言われた瞬間に無粋になるような気がします。そんなことを考えていた矢先、もてなしとはこういうことかと、しみじみ感じさせてくれたのが和多屋別荘です。

まず、支配人の接客が素晴らしいです。振舞いやさりげない言葉にも、宿の気品や風格が滲んでいます。若い人たちもそれに倣っており、東京の名門ホテルが失ったもの、あるいは外資系高級ホテルがそもそも持っていないものが、ここには溢れています。必ず家族を連れて再訪すると約束し、名残惜しく宿を後にしました。

こんな風な美しいところを、メンバーを乗せた車は進んでいきます。次はどんな学校だろう。どんな子どもたちと出会えるかな。毎回、必ず想像しています。

ある時はユニークな歓迎サプライズを用意してくれていることも。一番のサプライズは、子どもたちと初めて顔を合わす時の、楽しそうで興味深げな表情を見ることです。

アンサンブル3日目にもなると、演奏にはじゅうぶんな余裕が生まれます。それぞれリラックスして、演奏そのものを楽しんでいます。自由に稽古している間、私は校舎の周辺を散歩。

嬉野は茶の名産地。温泉がよくてお茶が美味しいなんて、老後を過ごすには最高だなと心にインプット。茶畑を歩いていても、風のかすかな音しか聞こえて来ません。

さあ、学校に戻って最終ステージを。ますます磨きが掛かり、やっと自信が付いてきたところで終わってしまうとは、なんとももったいない。でも、佐賀で出会った約2,100人の子どもたちから受け取ったエールを胸に、次の旅へと進んでいきます。