そのすべてが市民の手によって作り上げられた第九コンサート。無茶だからやめた方がいい、成功するはずがないとの猛反対を押し切り、日夜努力を重ねた主催の門司先生。そして、門司先生の熱意に共感し、最後まで惜しみないサポートを続けた有志の方々。人々のためのシンフォニーは、こうして人々の手によって実現したのでした。
素晴らしい音楽環境を備えた周南市文化会館大ホール。館内はさくらの木で覆われ、あたたかくて深い響きが得られます。公演前日の午後から舞台準備が始められ、次第にコンサートらしい雰囲気になっていきましたが、受付や舞台裏は上へ下への大騒ぎ。
なにしろ、アマチュアの皆さんが熱意だけでもって、試行錯誤で汗を流しておられるのです。うまくいかないこともありますし、情報が思うように伝わらず二度手間になることも。なのに、皆さんとても楽しそう。私の方が元気をもらっています。
舞台ではリハーサルを重ねます。すんなりOKとはいかず、何度もやり直しの連続ですが、合唱団の皆さんに「疲れませんか」と尋ねても、「まだまだ大丈夫!」とパワフルな笑顔が返ってきます。
気がつけば、退館時間が迫っていました。リハーサルを切り上げ、食事を済ませてホテルに入り、早めに休むことにしたのですが、結局ほとんど眠れないまま、朝を迎えました。
朝一番でホールに入り、まずはソロのリハーサルを。第九のことが気になって、なかなか集中できません。体力も残しておかなければ。大ホールで第九を弾くのに必要なエネルギーがどの程度なのか、想像もつかないのですから。少なくとも、かつてないパワーが必要なはずです。
やがて本番。まずはセレモニーがらスタート。主催の門司先生の挨拶。門司先生は、ご自身が長く話すことより、高校生の活躍を披露することを選びました。来年の高校総合文化祭の全国大会に山口を代表して出場する徳山高校放送部の男子生徒が、門司先生に代わり見事なスピーチを披露。企画のいきさつなどを端的にまとめ上げ、歯切れのいい声で紹介してくれました。
セレモニーは14分で終了。私のソロステージは、終わり時間が決められています。何時に始まっても、14時50分に終わるという約束です。舞台に進む前に時計を見て、私の持ち時間が36分であることを確認。再度気持ちを引き締め、最高のスマイルとともにステージに進みます。
大ホールに一歩踏み出す瞬間。私はこの一瞬がとても好きです。たくさんのお客様が盛大な拍手で迎えてくれました。いよいよ演奏です。
今回のソロステージに際しては、門司先生よりいくつか頼まれごとがありました。エレクトーンという楽器について、簡単にレクチャーして欲しい。それと、日本古謡のさくらを、会場の皆さんと一緒に歌って欲しいというもの。参加型の内容を盛り込むには、お客様の雰囲気がやわらかくなければ困難です。
でも、お客様はとても協力的でしたし、指元を映すスクリーンも用意されていたので、レクチャーコーナーにも興味を示してもらえました。終曲を弾き終えて袖に戻り、時計を見るとちょうど50分。我ながら、この時間管理の正確さをほめてやりたいところです。
第2部には地元少年少女合唱団の清々しい歌声が響き渡りました。色鮮やかな衣装もチャーミング。会場の雰囲気がホッとなごみました。
いよいよ第九。合唱団がステージにスタンバイし、ほどなく幕が上がりました。と、ここでハプニング。予定よりも早く進行していたため、まだソプラノのソリストが袖に来ていません。
慌てて探しに行く舞台監督。すでに幕の上がった舞台で待つ合唱団の皆さんは、どうしたことかと心配になったかもしれません。急いで袖に来たソプラノの鳥上さんは、それまでなめていた咽飴をゴミ箱にポン。なにごともなかったかのように、ステージへと進んでいきました。その後に続く私。このエピソードが緊張をほぐしてくれました。
第九第4楽章は、冒頭5分ほどがオーケストラのみです。緩急の変化に富み、表現の幅も非常に広いので、気の抜けない瞬間が連続します。たとえば、静寂の間合いひとつにも、確固たるものを宿らせなければなりません。
オーケストラがひとしきり盛り上がり、バリトンが高らかに歌いだすと、ほんの少し気持ちが落ち着きます。やがて合唱が加わり、音楽がどんどん勢いを増す頃には、もう誰にも止められない状態に。
もうあとは何が何だかわかりません。まるでワームホールを抜けて宇宙や時間の流れの中を旅しているような、はたまた人類の全歴史を短時間で脳にインストールされたような、なんとも不思議な感覚です。そして気が付いたら終わっていました。
歓喜の渦。もしこれが、何から何までプロで固められたコンサートだったら、こんな風に思えなかったかもしれません。見事で確実な制作と演奏から生まれるものの価値には常に敬意を持っていますが、アマチュアがゼロから仕立てたという事実やパワーとはべつの世界。今回は心底圧倒されました。
上の写真は終演直後のステージです。緞帳が下がり、一同で拍手を送り合い、コンサートの成功にホッと一息ついたところ。合唱団の皆さんの表情も輝いていました。
みんな揃って記念撮影。特別な思い出です。これで終わりなんてもったいない!みんなそう思ったはずです。門司先生には、こんな苦労はもう二度とイヤだと言われるかと覚悟していましたが、また来年もやりましょうと一同決起。さて、どうなることやら、こうご期待!
翌日は帰京の前に徳山動物園へ。文化会館のすぐ脇にあるので、公演の合間にでも行ってみようと思っていたのですが、やはりホールに入ってしまうと、まったくゆとりはありませんでした。
小春日和の日曜日。小さな動物園には、子どもたちの明るい歓声が響いていました。やっぱり一番人気は10月にスリランカからやって来たばかりの2頭のゾウ。市民に愛されながら、元気に暮らして欲しいものです。
さて、私は明日、ラ・パレットの20周年記念コンサート。昼と夜、食事の後に演奏をご披露します。2014年は首都圏でのソロ演奏会がありませんので、しばらく見納めです。ご来店お待ちしています。