能とダンスとモード

「誰も聞いたことのない音で、あっと驚かせたいの」

「不思議。だけど美しくね。まさかって感じで」

「うちはモードだから、斬新じゃなくっちゃいけない」

フランスよりレジオンドヌール勲章シュバリエを受けたコシノジュンコさんから次々と飛び出す言葉は、どこまでも刺激的です。それが実現したら本当に面白いですねと、聞いているだけなら楽しいのですが、それを具現化するのが自分だとなったら、それはそれは生きた心地がしませんでした。

受勲を記念した催しのサプライズとして、エレクトーンを演奏させていただけることになり喜んだのも束の間、ご一緒するのがダンサーの西島数博さん、能楽師の観世三郎太さんだと聞いたとたんに足がすくみ、全容が見えた頃には息が詰まるほどに。

コシノジュンコさんのコンセプトに従いながら構成を練り、作曲を含めた準備に与えられたのはわずか2週間。できるのかできないのかではなく、どうしてもやりたいことでしたし、やれなければ滅びるのみと覚悟を決めて突き進むことにしたのです。

ゆっくり考える時間はありませんので、すぐにでも作業を始めたかったのですが、頭の中に材料が揃って、「よし。いける。」と思えるまでは何も進みません。そういう意味では最初の数日は地獄をさまよう気分です。

まずはダンスと能について猛勉強しました。ダンスに関しては、これまでも経験がありますし、クラシックの音楽観で進めて問題はなさそうです。西島さんの持ち味、コシノジュンコさんのビジョン、一緒に出演するモデルたちやユニークなコスチュームをイメージし、フランス音楽に通じる和声を用いて創作しました。

大問題だったのは能です。私には能の知識も感性もないため、どうアプローチしていいのか散々悩みました。お相手は700年余の伝統を誇る観世流の頂点を占めるご一族のホープ。最低限、歴史を穢さないだけのことはしなければなりませんが、そもそもエレクトーンが音楽を添えることすら冒涜になりはしないのかと、最初の一歩すら踏み出すことができません。

それが怖くてならないと正直に打ち明けると、そのお気持ちでやっていただくことが何よりありがたいとおっしゃってくださり、ようやく腹が決まりました。

なんとか仕上げた音楽を持ってリハーサルへ。コシノジュンコさん、西島さん、モデルの皆さんが揃い、何度も繰り返しながら工夫を重ね、絶えず変化させていく作業は、まさしくクリエイティブで楽しい時間です。

ただ観世さんとはスケジュールの関係で当日に現場でのリハーサルのみ。それも最大30分しかありません。合わせが済むまでは水も喉を通らないほど不安です。観世さんが会場に到着するとすぐにリハーサルにお付き合いくださいました。ちゃんと床に正座をしてご挨拶もできました。それですべての心が通じればいいのですが、そう簡単ではありません。

30分のリハーサルで、ひとまずカタチを作れたのは奇跡のようでもあり、ここで発見したことを一晩練れたら、もっと自信を持ってお供できただろうと、次への期待が膨らみました。

能との共演で最大の発見は、「音楽は世界の共通言語ではない」ということです。能楽師は我々とはまったく異なる感覚で音楽を捉えていると分かり、私の中で音楽観が瞬時に崩れて再構築されるのを感じました。これはもう初めて宇宙文明に触れるほどの衝撃です。

能と西洋音楽の共通項を探そうと必死になっていたのをきっぱりとやめることで、それまで見えなかった景色が一気に広がったのでした。

ボールルームの扉が開かれると、洗練された装いのお客様が次々と集い、まさしく映画のシーンのような世界が目の前に。オープニングには前芸大学長の澤和樹先生と10人の弦楽奏者による演奏がありました。格調高い演奏にモード感を注入しているのはコシノジュンコさんデザインのコスチューム。スタイリッシュな照明とあいまってアイコニックなスタートとなりました。

乾杯の後はディナー。トリコロールを模したデザインのオードブルに始まり、飴細工のオーブに包まれたアイスクリームまで、この日のための料理が続きます。

そしてコーヒーが配られたころ、私がこっそりエレクトーンへと進み演奏を始めるという演出です。お客様にはショータイムがあることも、誰が何をするのかも、まったく知らされていません。能の「お調べ」を模した音楽が厳かに始まると、それまで賑やかに歓談なさっていたお客様の注意が、次第にステージへと向かっていきます。

それから観世三郎太さんが登場すると会場の空気は一変。能、ダンス、ファッション、ライティング、ミュージックが見事に絡みあったコシノジュンコさんの世界観が、花火のような鮮烈さで開花しました。カーテンコールでは、総立ちのお客様に笑顔で応える出演者。私はその際も演奏をしていたのでランウェイには上がれませんでしたが、会の成功に寄与できたことに大きな喜びを感じていました。

今回、エレクトーンは大きな役割を果たしました。オープニングの澤先生率いる弦楽合奏と会場BGMをのぞき、お客様が耳にしたのはすべてエレクトーン演奏です。それを操る私の役割もまた非常に大きく、催しの成否をわけるほどの立場にありましたが、実際にはさほど目立つこともなく、裏方に近かったように思います。

最初は2週間でこれができるだろうかと悩み、途中ではもう無理と消えてしまいたくもなりました。でも、コシノジュンコさんは神田将ならできると思って起用してくれたはずです。自分で自分を信じられなくても、信じてくれている人がいる。その喜びに突き動かされた2週間でした。

【神田将演奏曲目】
序奏「OSHIRABE」/神田将
「神舞」/(編曲:神田将)
組曲「惑星」ジュピター/ホルスト
月の光/ドビュッシー
POROPORO DANCE/神田将
ボレロ/ラヴェル