最高にやさしいエレクトーン

玉村三幸フルートリサイタルのため、半年ぶりに東京文化会館へ。この日は道が空いていた上に、すべての信号が青だったことで、だいぶ早くに楽屋口へ到着。前回、自分のリサイタルを支えてくれた東京労音の方々が勢揃いしているのを見た瞬間、笑顔が溢れました。「久しぶりですね神田さん、お元気でしたか」と事務局長。「ええ、本番の日だけは元気です」と私。まったくその通り。毎日本番ならいいのに、と思います。

楽屋に入ると程なく主演の玉村さんが到着。気合いたっぷりで、エネルギーが弾けている様子に、今日の演奏は絶好調だろうと確信しました。緊張を感じさせず、この日を思いっきり楽しもうという雰囲気。リサイタルはハレの日なのです。

私は一足先にステージへ向かい、エレクトーンのセッティングとリハーサル前のウォーミングアップを。こういう時に手持ちできない楽器は不利だなと思います。ピアノも手持ちできませんが、東京文化会館の楽屋にはフルコンサートグランドがあるので、そちらで手慣らしできます。まあ、エレクトーンも2台用意すればいいかもしれませんが、楽屋に運び込むのは厳しいかも。

そんなわけで、主演の理解のもと、ステージで一通り弾いてみました。実は主目的はウォーミングアップではなく、サウンドチェックです。今回のフルートリサイタルに際しては、音の組み方を根本的に変更しました。フルートを邪魔せずに音量や音圧を維持した演奏を実現するために、玉村さんにも音の馴染み方や合わせ心地をリサーチし、リハーサルではかなりよい感じに溶け合う音作りに仕上がっていました。

ただ、それが会場でも最適かどうかは、実際にやってみなければわかりません。お客様のいない環境で、本番の条件を予測しながら弾いてみたところ、概ね狙い通りでした。ところが、改めて玉村さんを迎えて合わせてみたところ、客席で程よい聞こえ方になるように弾くと、玉村さんにエレクトーンの音がじゅうぶんに届かないことがわかりました。そのあたりを工夫してなんとか問題解決。続けてギターとのリハーサルです。

ゲストに迎えた荘村清志さんは、言わずと知れたベテラン中のベテラン。奥深い音色と繊細な表現は、まさにため息のでる美しさです。第1部はフルートとギターのみで演じられ、お客様はその世界に浸ったままに第2部へと移行するわけですから、エレクトーン伴奏に変わったとたんにいきなり厚かましく油ぎった音を出すわけにはいきません。私はただただ夢のようなフルートとギターのアンサンブルに酔いしれるのではなく、この質感をしっかりと胸に刻み、引き継ごうという思いでリハーサルを聞きました。

そして本番。この東京労音管楽器リサイタルシリーズをスタートさせたアトムこと齊藤さんが、もしこの場にいたらやっていたであろう役割を私が務めました。それは荘村さんのアテンドとステージドアの開閉です。楽屋で静かに出番を待っていてもよかったのですが、第1部にも何でもいいから関わっていたい気持ちが勝っていたのだと思います。

玉村さんは舞い上がることもなくふだんと変わらず。荘村さんは俳優のように見る見る表情が変わりアーティストそのものに。ステージへと進むふたりの背中は翼があるかのようでした。演奏の素晴らしさは言うに及びません。第1部が終わるころには、もう第2部いらないんじゃないの?と思うほどの満足感。音楽を謳歌しているふたりに、ささやかな嫉妬を覚えるほどでした。

第2部は始まればあっという間でした。前半のギターから引き渡された質感を意識して、いつもより控えめなボリュームを心掛けましたが、そうは言ってもトゥッティのフォルティシモも何度かあるので、出すところは出して弾きました。そうした振れ幅の大きい音楽の波を、華麗なサーフィンで乗りこなす玉村さん。本当にお見事です。

アンコールは荘村さんのソロと、3人でのアンサンブル。1作品だけでしたが、全員で共演することができ光栄でした。

今回のプログラムは小品メインのデギュスタシオン構成で、玉村さんはアンコール含め15作品を演奏しました。表現のポイントが大きく異なる曲のそれぞれにチャンネルを合わせて変化をつけつつ、筋の通ったストーリーを語るというのは、至難の業です。吹き切るだけでも超絶なところを、最後まで繊細に歌い尽くしました。

こうしたチャレンジの場を設けてくれている東京労音の理解と協力に感謝しつつ、管楽器への親しみが広がるようエレクトーン奏者の立場で企画に努めてまいります。