関西と山口、6日間の旅が終わろうとしています。その間、常に信頼できる仲間がそばにいて、響き合う時間を過ごしてきたこともあって、終演の喝采がまだ耳にこだまする中、皆と別れて家路を急ぐ人で混みあう飛行機にひとり乗り込むと、一気に現実が押し寄せてきました。
旅の締めくくりは茨木でのピアノ協奏曲。約450席のシートを半数に限定した会場は、ふたりコンチェルトを演奏するのにちょうどいい大きさ。シンプルなステージレイアウトと、鮮やかな臙脂のシートカラーとのコントラストも演奏会にピッタリ。どの座席でもよい音を聞いていただけそうです。
米津さんと共に会場へ到着した時、ちょうどピアノ調律が仕上がったので、荷物を広げるより先に感触の確認を。ひと休みしてからリハーサルなのかと思いきや、このままやりたいですとのことで、リハーサルに突入。まずは菊池玲那がお供する協奏曲第2番が始まりました。ふだんエレクトーンを演奏するのは私自身ですので、客席側からじっくりと音を確かめられるのはとても新鮮。こんなに心地よい音とバランスで聞こえるのかと、うっとりしてしまいました。
2番が終わり、今度こそ小休止かと思えば、そのまま3番をとのこと。寝起きで指慣らしもせずに協奏曲ふたつを通す超人ぶりに脱帽。私は不意に弾き始めたことで、ホテルでラジオ体操でもしてくるべきだったと後悔。管弦楽パートですら朝イチだときついのに、ピアノの負担はそれより遥かに大きいのですから驚きです。
リハーサルが終わり、ギリギリまで弾くのがいつもの米津さんですが、この日は珍しく早めに上がって体を休めていました。その時々での体力コントロールは非常に大切で、演奏の成否を大きく左右します。空いたステージでは玲那が最終調整に余念がありません。開演前のこうした時間もまた、なかなか興味深いものです。
開場時間となり、お客様がホールに集まってきました。遠方よりお越しのお客様も多く、寄せられた期待の大きさに改めて感謝が込み上げてきます。私の出番は後半なので、ゆっくりの支度で構わないのですが、ふたりの演奏を袖で見守りたく、ほぼ支度を終えて楽屋を出ました。
2分遅れで開演したステージから、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番が聞こえてきます。若々しく勢いのある第1楽章、幻のような第2楽章、スリルある応酬が重なる第3楽章。前日に私が弾いたのとは、また違う味わいを醸す演奏と万雷の拍手を聞き届け、一度楽屋へと戻りました。鏡の自分と向き合いながら蝶ネクタイを結び、エナメルのステージシューズに足を滑り込ませると、いよいよ演奏への覚悟が定まります。
今月2度目のラフマニノフ第3番。米津さんを自由に歌わせつつ、音楽を確実にコントロールするのが今回の目標です。こうしたいわゆる大曲は万全のコンディションで演奏することを望みますし、またそうすべき作品です。しかし、演目の異なる公演と移動が続く中で万全を求めるのはそもそも無理があり、さまざまな制約により演奏条件が厳しくなる覚悟も必要ですし、その時々に俊敏で的確な判断をくだす感覚を持っていないと、たいへんなことになります。
8日に上野でラフマニノフ3番を弾いた時は、前半がピアノ独奏で、エレクトーンの出番は後半。長い待ち時間の後、自分が不在の間に醸成された空気感の中に進み出ていきなり弾き始めるプレッシャーは相当なものであることを知りました。ある意味、茨木もこれに近い環境が予測されたので、上野の焦りを繰り返さないようと気をつけていたのが功を奏したのですが、やはり私は出ずっぱりの方が気質に合っているのかもしれません。
この日の第3番は、これまでのどの本番とも違い、未体験のうねりや圧を伴った疾走感があって、何とも言えない気持ちよさでした。次回のチャンスが巡って来た時には、更によい演奏ができそうです。また、ここしばらく封印していた表現スタイルを、そろそろ取り入れてもいいと思える年齢になって来たので、この先のささやかな変化も見守っていただければ幸いです。
大阪茨木のコンサートシリーズは、若い才能を応援し、若い感性で地域の音楽文化に貢献することを目的として開催しています。今回は米津さん、ご来場のお客様にご理解ご協力をいただき、ありがとうございました。シリーズの反響も広がりつつありますので、この先も丁寧に継続してまいります。
米津さんは今夜は大阪でのんびり。宿も決めていないというので、夜景が綺麗に見えるバスルームのある部屋をご褒美にプレゼント。私は帰宅したらシャンパンを一口だけ含んで、明日から始まる東京文化会館リサイタルのリハーサルに向けてシフトします。リサイタルの成功に、どうか皆さまの力を貸してください。
米津さん、神田さん、玲那さん、演奏会大変お疲れ様でした。ありがとうございました。昨日の宇部に引き続き今日もラフマニノフ。贅沢な時間を過ごすことができました。前半は米津さんと玲那さん、そして後半は米津さんと神田さん。2年前に東京で初めて聴いた米津・神田ラフマニノフとは、一味違った演奏でした。
米津さん・玲那さんの第2番。玲那さんの音ですが、昨日の宇部でのリハステージで初めて聴いた時にちょっとびっくりしました。(失礼! え?誰が弾いてるの?!という驚きです)神田さんとは違う繊細さで、大らかさは師匠ゆずり、しかししかし、細やかな音の出し方に驚きました。昨日の演奏会の興奮冷めやらず、夜中に目覚めた私は、今日は、米津・神田ラフマニノフをまた聴きたいと思いましたが、玲那さんの演奏もぜひ聴きたいと思い、夫を半分説得して、大阪茨木へ向かいました。最初の音がよく聴こえなかった(私の老化!)のですが、だんだんと本領発揮、一つ一つの音が繊細で柔らか、かつ後半の盛り上がりは大胆で自分がその音に引き込まれていくのがわかりました。半分前のめりになって聴いていた自分がちょっと恥ずかしくなるような体勢で(笑)、でもさすがお弟子さんという感じでした。
そして米津さん・神田さんの第3番。2年前に東京の豊洲で初めて米津さん・神田さんのラフマニノフを聴いた時は感動のあまり涙が出ましたが、今日は、何となく頬の筋肉が緩み、ちょっとニタニタしながら聴いている自分がいました。米津さん、神田さんのエネルギッシュで圧倒される音は、調和の中にもバトルを感じ、私はニタニタしていました。人間、心底感動すると笑うというのは本当ですね。今日の私は確かに笑っていました。
昨日の宇部での演奏も、米津さんのピアノはすごくて、110枚回収された例会アンケートにも、「儚くも力強いピアノに感服」「一体指がどうなっているのか」「圧倒的な第三部(二人のアンサンブル)」「神田さんの演奏にまた圧倒された」などの感想が寄せられました。(またまとめてお二人にお送りしますね)
一作日は大阪堺市、そして昨日は山口県宇部市、今日は大阪茨木市と、大ハードスケジュールにもかかわらず、見事な演奏を繰り広げて下さった三者に、万雷の拍手を送りたいと思います。 そして神田さん、31日も楽しみにしてお待ちします。どうぞお身体には気をつけられて、リサイタル頑張って下さいね。応援しています。