8月14日は品川プリンスホテルのClub eXで、コンサート鑑賞付きステイプランでご滞在のお客様を対象としたコンサートがありました。
東京は私の拠点なのですが、東京でソロステージを務めるのは2019年5月以来、約800日ぶりのことです。リサイタルは2019年の3月を最後にすべてが延期され、その他のソロ公演も中止になっていますので、久しぶりのソロにご期待いただけるかと思いきや、さほど注目されなかったのは、今の東京が醸す緊張感によるものと考えて自分をなだめています。
それでも、プリンスホテルの皆さんは、企画や準備に妥協をせず、まっすぐな思いで私を支えてくれました。他にも規模が大きく華やかなイベントが同時進行しているにもかかわらず、主要スタッフが総動員で取り組んでくれ、照明も音響も豪華に施され、私はただいい演奏をするだけという、最高の環境が整いました。
開場時間になると、BGMとしてショパンのピアノ曲が静かに流れだし、広い空間にまばらに配置された椅子が、なんとも盛り上がらない暗さを漂わせます。熱した空間に颯爽と登場してガツンと弾き始めるのは、ある意味、楽勝なのでずが、予熱のない会場で聞き手を一気に引き込むのは難しいものです。今回のステージは休憩なしの50分。最初でつかめなければ、立て直しは厳しいでしょう。
開演となり、舞台裏ではホテルのイベント責任者自ら私を送り出してくれました。こういうちょっとしたことで、大きなパワーが得られるものです。会場はあえて、響かない造りになっているので、お客様が精一杯拍手をくださっても、どうにも寂しく聞こえ、気弱な私は歓迎されていないのかもなどと誤解して、ますます気弱になります。
背中を押してもらったり、不安になったりと、もう弾く前からもみくしゃになって、メンタル的には敗北しているというのが、だいたいいつものパターンです。そうは見えないと言われますが、そんなものなのです。
それが、鍵盤に向かい、いざ演奏となると、瞬時にモードが変わります。客席に向かって頭を下げている時には、サロンコンサートは何度も経験して来たのだから大丈夫、少ないお客様に向けて弾く今こそ王族方の御前での演奏を思い出して、などとあれこれ考えているのですが、客席に背中を向けた瞬間、お客様のご期待が一気に伝わってきます。私は目よりも背中の方が感度かいいのかもしれません。
50分の演奏は本当にあっという間。立派な音響設備からは、映画館のような重圧のある音が響き、変化のある照明が音楽のイメージを一層広げてくれ、弾いていて気持ちのいい50分でした。
実は、この宿泊プランに両親が参加していたので、一緒に食事をするために私も同じプランを申し込んでいました。つまり、自分の出演するチケットを自分で買ったということなのですが、お客様と同じ時間軸を過ごすことができて満足でした。
今、コンサート会場では、終演後にお客様と顔を合わせることはほとんど許されませんが、今回はチェックインからチェックアウトまで24時間、館内のあちこちでお客様と個々に出会え、まるで同じ船で旅をしている感覚で面白かったです。
さすがに食事の席を共にしたり長く立ち話などはできませんが、ちょっと挨拶を交わせるだけでも気持ちが伝わりますし、お客様が思い思いの時間を楽しく過ごしている様子を遠くから眺められるだけで、私も豊かな気持ちになれました。宿屋の主人は、きっと毎日こんな心境なのでしょうね。
束の間のTOKYOオアシス。お客様に憩いと安らぎをお届けできてよかったです。