ようこそ、2020

令和2年の幕開けは、品川プリンスホテルのジルベスターコンサートで迎えました。これまでシドニー、バンコク、マカオのジルベスターに参加して来ましたが、国内では初めての経験です。

ライブハウス、水族館、映画館などの充実したファシリティを持つ品川プリンスホテルでは、そのファシリティを活かしたオリジナル企画を次々と発表しており、その発想の豊かさと実現力にいつも驚かされます。今回のお誘いをいただいたのは半年前。ニューイヤー宿泊プランの目玉のひとつとして、私の名前を冠したイベントをとお聞きした時には、光栄に思うと同時に、恐ろしいと感じました。

品川プリンスホテルの映画館には、IMAXという特別なシステムを備え、視界いっぱいに広がる映像と音を体感できる音響により圧倒的な映像体験ができるシアターがあります。この設備を活用し、ニューイヤープランでご宿泊のお客様にご満足いただけるイベントを、ホテルマーケティング戦略、映像専門技術、照明音響とともにチームを組み、さまざまな意見を交わしながら準備を進めました。

何のために、どんなものを創るのかというイメージを共有するのは難しくなかったのですが、そのイメージを実現するのにふさわしいコンテンツを選ぶのには、かなりの時間を割きました。映画そのもののハイライト映像と音楽、カウントダウン、クラシックコンサートの3つを盛り込むのですが、使用可能な映画は権利の都合上、限られていますし、新年早々にお客様がお聞きになるクラシックの曲目も、吟味に吟味を重ねなければなりません。

そこで、長年世話になっている放送作家にSOSを。いやはや、さすがです。私の浅知恵は一蹴され、思いもよらなかった作品が並びました。気がつけば、私のレパートリーはボレロの1曲のみ。残りはすべて一からやることに。途方に暮れもしましたが、これぞ洗練というものだと唸らせる選曲と構成を目にした以上、これを実現したいという思いの方が勝ったのです。

内容が決まった後も、試練は続きました。やっと仕上げた曲目が権利の事情で演奏できなくなったり、イメージが合わずに作品が変更になったり、出版元から輸入した総譜(いらないのにパート譜もセットになっている)が思っていたのと違う曲だったり。

映像チームも、音楽との共存を強く意識してくださいました。いわゆる映像の一人勝ちで音楽が添え物という状態にならないよう、細かい工夫をしながら作るのはたいへんだったと思います。

当日は夜まで映画の上映があり、そのお客様が退館なさってからセッティングが始りました。数十名のスタッフが、夥しい機材を持ち込み、映画館がコンサートホールへと変わっていく様子もまたショーのよう。巨大スクリーンに試写される映像を見て、こりゃたまげたと思いました。エレクトーンの音も、大砲を備えたかのような大迫力。

しかし、限られたリハーサル時間内でできるのは、ただ一度通すのみ。演奏は響きや気分で時間が毎回増減しますが、今回は映像とずれるわけにはいきません。しかし、映像に合わせて演奏していると感じさせてはいけないのです。むしろ、映像が音楽に合っているという状況を演出する必要がありますが、この「感覚」を一度で掴むのは難しいです。

さらには、台本の従ってのトークもあります。何を話すかは頭に入っていても、タイムラインを守って話すには技術が必要です。自分がやってみて、生放送のMCって本当に凄いことだと実感。特にカウントダウンのボレロを演奏し始める直前のトークは、4分30秒のシナリオを4分30秒(4分31秒ではダメ)で話すことを要求されていたので、過去最高に緊張。リハーサルではトークのタイムコントロールに失敗し、これじゃいけないと焦りながらもタイムアップ。控室では着替えながらトークの最終稽古に勤しみました。

不安をよそに、本番は好調でした。心配したトークもピタッとハマり、ボレロのエンディングは、最後の1音ちょうどに新年となりました。このコツは、イベントを数分ごとの集合体ではなく、トータルでひとつのタイムラインだと考えることです。特に、自分が登場から退場まで一瞬たりとも気を抜けない立場の時は、どんなに長丁場でも「一呼吸」でやるようにしています。

ボレロの次には、ゲストに迎えたフルートの玉村三幸が登場。あえて前半はエレクトーンのみで演奏し、年が明けてからフルートに加わってもらったのが効果的でした。清らかで、爽やかで、それでいて輝きのあるフルートの音色は、ニューイヤーによくマッチします。選曲も品格あり、緩急あり、エスプリありと、新年のスタートにぴったり。お客様には心地よいひとときをお届けできました。

私にとりましても、2020年をこのようなイベントでスタートでき、とても満足です。今が、自分の人生で一番いい時なんだと思います。ピークとなる2020年には、東京文化会館大ホールでのリサイタルのほか、大きな演奏会がたくさん控えています。これまで以上に「音楽のしもべ」としての自身を意識し、お客様の満足と音楽そのものへの貢献をモットーに誠心誠意努めてまいります。