小値賀島への旅

波多江史朗、石川昇平、米津真浩とともに、学校巡回コンサートのためのエレクトーンアンサンブルを組んで12年。主に九州各地を訪ねて来ましたが、今年初めて長崎県を巡る機会に恵まれました。その道中を三回にわけて綴ります。

まずは五島列島の小値賀(おぢか)島。メンバーは皆、島が大好きなので、佐世保港に集合した時にはまるで休暇でハワイに向かうかのようなノリ。高速船には新幹線のような座席エリアと、ごろんとくつろげるカーペットエリアがあり、我々には座席が指定されていたにも関わらず、乗組員に交渉してカーペットに移り、早速アルコールを含む飲み物や、港で買い込んだつまみで上機嫌になっていました。私とエージェントは、指定された席で事務仕事でしたが。

船が小値賀の港に着き、送迎車で今宵の宿へ。一度に全員が乗れなかったので、私と米津が港に残りました。船が出ていき、降りた人々が散ると、素晴らしい静寂が。ただ静かなのではなく、なんとも言えない柔らかさと揺らぎを持った静寂です。イタリアの小島と同じリズムを感じました。

宿は「島宿 御縁」。主人の太陽さんが切り盛りする、小値賀きってのイケてる宿です。メインの客室は、小値賀では貴重なバス・トイレ付き。ゲストハウスも併設され、より気ままな旅を好む人も多く利用しています。釣具や水槽が置かれた玄関で靴を脱ぎ、早速部屋へ。

八畳和室とユニットバスのシンプルな客室は、隅々まで清掃が行き届き、きちんと寝具も整えられていました。メンバーは無料のレンタサイクルで島の探険に。修学旅行の学生たちみたいに元気です。

食事は吹き抜けの食堂で。シェフの梅ちゃんが獲ってきた魚を中心に、地元の素朴な品が並びます。ご飯はセルフで食べ放題。米津は茶碗5杯平らげました。

サービスに当たるのは、ボランティアの外国人たち。無給で清掃やサービスをする代わりに、部屋と食事を提供されるボランティアに参加しているそうで、みんな日本語(やや九州なまり)がとても上手。彼らとのコミュニケーションも宿の魅力のひとつです。

翌朝、役所の車で小値賀小学校へ。さっきまでくつろいでいた(というか緩みすぎていた)メンバーも、会場となる体育館に入ると、たちまち演奏家に変身。ものの15分でセッティングが終わり、それぞれに楽器を鳴らして感触を確かめます。

長い付き合いとはいえ、顔を会わせるのは7ヶ月ぶり。本番前に残された20分ほどをリハーサルに充て、気持ちをひとつにまとめていきます。

ほどなく子どもたちが集まり、演奏会が始まりました。最前列には幼児たち、後ろには小学生と隣の中学生、そして高校の吹奏楽部の皆さん、さらに地域の皆さんもが顔を揃えています。これだけ年齢層が開くと、空気をひとつにまとめるのに苦労するかと思いましたが、そこはさすが島の結束と、外の人を積極的に迎え入れることに慣れた風土により、見事な一体感で演奏を盛り上げてくれました。

そして皆さんの表情の美しいことといったら。音楽を自然に取り入れ、心と調和させている様子に、私の心も弾みます。

演奏を終え、慣れた手順で片付けをして、学校内で昼食を。帰りの船まで時間があるから、少し島を案内しましょうかと、役所の担当者から願ってもない申し出があり、私たちは演奏の疲れも忘れて目を輝かせました。

といっても、さほど時間はなく、駆け足での観光です。美しい松の並木道「姫の松原」を抜け、名物「牛に注意」の看板を拝んで、牛がのんびりたむろする草原を横目に、細い轍を進んで、誰ひとりいない海岸へ。

そこは真っ赤な石や砂が積もった赤浜海岸。この色はきっと鉄でしょうね。どんよりとした空と重たい赤色のコントラスト、そして人のいない静けさが、独特の神秘的な雰囲気を醸していました。

次は担当者イチオシのポットホール。穴にはまった石が波に揉まれて回転するうちに、見事な球になったもので、島では昔から崇められているそうです。確かに、周囲の造形といい、風の感触といい、底知れぬパワーを感じさせるものに囲まれ、自ずと畏敬の念が沸いてきます。ここも終始無人でした。

まだまだ見たいところがたくさんありましたが、残念ながらタイムアップ。また次回に!と思いたいところですが、そのチャンスはあるだろうかと、黄昏た気分になりました。

船着き場には、モダンな土産売り場があり、いくつかの品を思い出にチョイス。更にピーナッツのアイスクリームを買い込んで乗船。「夜に備えて」とカーペットで寝込むメンバー。私はガラガラのシートで、なんとブヨに咬まれました。最初はしつこいハエだなあと思っていたら、足首をガブリとやられました。ブヨを見たことがなかったので、あまり避けもしなかったのです。夜には腫れて不快でしたが、これも島の思い出のひとつです。

続く