命燃やして

年に一度、参加するすべての人と心をひとつにし、人類の最高傑作のひとつを奏でることが、今や私の生き甲斐になった。今年も命を燃やして演奏する。

私は第6回周南第九コンサートに向け、合唱団と役員の方々に対し、このように宣言したのでありました。事実、私は力の限り、思いの限りを尽くし、リハーサルと本番に臨みました。思うように事が運ばず、自分の力不足に失意もありましたが、一夜明け、これが今の実力と受け入れつつ、先に進む決意でおります。

一週間前に山口市での2公演が成功し、気分よく帰京したものの、消耗し尽くした体力の復旧に数日を要し、なかなか本気で弾く稽古ができないままに、周南入りの日を迎えました。

乗り物に座っているだけとはいえ、自宅ドアからステージまで6時間の道のりは長く、体感としては稽古よりも疲れます。それでも、会場で懐かしい面々と顔を合わせれば、たちまちスイッチが入り、音楽を奏でる歓びが身体中を駆け巡ります。

周南第九コンサートでは、第6回にして、ステージに初めてピアノが登場。オープニング合唱曲をピアノとエレクトーン両方で伴奏するのに加え、ピアノ協奏曲の演奏が組まれ、ピアノが大活躍します。

エレクトーンと違い、ピアノはわずかな環境の変化によってコンディションに影響が出ます。極力移動を少なくし、置く場所は最もバランスよく響く場所を選定。最高の音色をお客様にお届けできるよう、調律師にも常時待機してもらいます。

ピアノを演奏するのは、いつも合唱団の稽古にお付き合いいただいている大橋希さん。重要な役回りなのに、当日ステージに上がらないのは申し訳なくて、花を持っていただくことにしたというわけです。

もうひとつ、大橋さんに体験して欲しかったのは、協奏曲のソリストとして、きちんとした扱いを受けるということです。リハーサルの時間配分や順序も優先的に確保し、モチベーションが最大級に高まるよう配慮しました。そのように扱われることで生まれる音楽は、お客様に一味違って届くものです。

そして、メインとなる第九は、年々実力が向上し、演奏をする私の背後から、凄まじいパワーとなって突き抜けていくようになりました。ソリストとの調和もよく、合唱の持ち味ソリストの持ち味が相まって音楽を構成していく様は、まるで魔法のようでした。

お客様も年々増えて来ましたし、客席の雰囲気も、音楽会を楽しんでいるという感じが色濃くなりました。こうして一歩一歩、周南市の音楽文化に貢献していることがとても嬉しいです。

こうして迎えた本番。ソロを3曲。ここまでは絶好調。次の協奏曲は、なかなかの消耗戦。これで終演でもいいくらい。でもまだ第九が残っている。ちょっと怖くなって、楽屋でしばらく目を閉じる。大丈夫、敬愛する作品の一部分を弾くだけのこと、そう言い聞かせて舞台袖へ。心に響く燃料切れの警告音を振り切って、いざスタート。バリトンが入って来るところで、ほんの数秒の「休憩」をいただき、あとはまっしぐら。気づくと終わってました。

終演後には打ち上げもあったのですが、ひとり廊下に出て、クールダウンしながら回想しました。思い浮かぶのは、素晴らしい演奏会を設けてくれた主宰と役員たちへの敬意。中から伝わる皆さんの笑い声に、周南には私が心の拠りどころとできるものをいただいたなぁと、しみじみ思ったのでありました。

One thought on “命燃やして”

  1. 神田先生!
    山口市でのディナーショー、コンサート、引き続き、周南市での第九コンサート、大変お疲れ様でした。どのコンサートも、とて感動致しました。参加した第九の合唱はとても思い出深い物となりました。最後の『……… ♪ フンケン‼️』と、歌い上げたと同時に涙が溢れて出て,中野先生の指揮も、神田先生のエレクトーンも見えなくなってしまいました。
    この感動をいつか又味わえたらと、切に願っております。また機会があるのなら、 是非ご一緒 の舞台に立たせて頂きたい思っています。
    お忙しい毎日と思いますが、お身体には充分ご自愛下さいませ。 ありがとうございました。

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