ニューイヤーリサイタル

2018年の演奏会は品川プリンスホテルのニューイヤーリサイタルでスタートしました。これは、品川プリンスホテルにお正月プランでご宿泊のお客様のみがご参加いただけるエクスクルーシブなイベントのひとつで、小谷実可子さんを中心としたウォーターショーを筆頭に、オペラガラコンサート、新春狂言、そしてエレクトーンによるクラシックコンサートと、さながら豪華客船のエンターテインメントのように、ユニークなイベントが多数組まれていました。

ホテルイベントといえば宴会場やレロビーなどをイメージしますが、品川プリンスホテルは総合エンターテインメントホテルを謳うだけのことがあり、円形プールやミュージックシアターなど、他のホテルには類を見ない充実した設備を活用してのイベントが可能です。

エレクトーン演奏会の会場は「クラブeX」と名付けられたライブスペース。ブルーノートやコットンクラブなどの有名JAZZクラブをイメージさせる雰囲気を持ちながら、ホールの中央に円形ステージを設け、全方位から舞台を眺められるようになっている空間です。2階には個室になったバルコニー席が並び、今回はドリンクサービスのみでしたが、催しによってはディナーを楽しみながら鑑賞することもできます。こうした場所での演奏機会は滅多にありませんので、私自身、とても楽しみにしていました。

午前中はセッティングとリハーサル。凝ったライブショーに対応できる設備が整っているので、今回は音響も照明も、すべてホテルにお任せ。マーケティングの皆さんが見守る中、テキパキと準備が進んで行きます。スタッフの皆さんもたいへん礼儀正しく、積極的にコミュニケーションを取ってくれるので、とても安心です。

ある程度、音響や照明がセットできたところで、サウンドチェック。最初に音を聞いた印象は、非常にすっきりとした感じ。それをクラシック音楽に相応しいうるおいのある立体的な音にするため、音響さんと相談しながら細かい調整をしました。自分が円形ホールの中心にいるため、あちこちからいろいろな反響が聞こえて来て、それが重なって摩訶不思議な感覚になり、なかなか厳しいところもありましたが、客席では問題ないと聞き、それを信じて演奏に集中する覚悟を決めます。

次いで通しリハーサル。そこに照明効果が加わってきます。事前に伝えた演奏曲目について、かなり予習をしてくれたらしく、光が曲想に合っているだけでなく、音楽の変化とともに絶妙なタイミングで明かりが変わります。音楽の先行きを理解していなければ絶対できない演出に触れ、スタッフの皆さんの思い入れの深さを実感するとともに、演奏にも気合いが入りました。

開場時間になると、お客様が集まり始めました。そのほとんどが、初めて私の演奏をお聞きになる方々です。お正月プランのパンフレットには、ホテルの方々がステキな脚色してくれた魅力的なご案内が掲載されていますので、お客様の期待も大きいはずです。でも、エレクトーンが一台だけ置かれたステージを実際にご覧になり、どのような気持ちで開演を待っているのでしょう。楽屋のモニターを見ていたら、だんだんと不安になってきました。

いよいよ開演。中央の舞台へと続く花道に進むと拍手で迎えられました。まったく響かないホールなので、満席でも拍手はさみしく聞こえます。それにステージと客席がとても近く、お客様の方が照れている感じで、目が合うと逸らされてしまいます。何が始まるのか想像がつかず、期待よりも不思議とか戸惑いが優位になっているご様子。これまで何度となく遭遇して来た雰囲気です。

1曲目は「美しく青きドナウ」。エレガントに、そして少し軽快に、気持ちよく演奏できました。お客様も音楽によって次第に解れていき、どんどん音楽会の空気感になっていきます。会場が豪華客船のホールに似ているからというだけでなく、本当にお客様と同じ船に乗っているような気持ちになりました。

第1部が終わって休憩15分。ここでお帰りになるお客様も多いだろうと予想していましたが、第2部が始まる時には、すべてのお客様が戻ってきてくださいました。

お正月をホテルで過ごすお客様ってどんな感じなのか、実は大きな不安でした。音楽を聞くためにお泊りなわけではありませんし、そもそもクラシック音楽に興味をお持ちがどうかもわかりません。いやらしいかもしれませんが、私もステージからお客様の様子を、服装から表情に至るまで細かく見ていました。音楽がお好きという以前に、すでに教養が深いという印象があり、振舞いも自然でゆとりが感じられ、軽井沢とか鎌倉的な空気感です。

そんな素敵なお客様に囲まれ、終曲まで気分よく演奏することができました。アンコールは「ラデツキー行進曲」。演奏に負けない熱い手拍子を添えていただき、とても盛り上がりました。

終演後はホテルスタッフの皆さんと一緒にエレクトーンを保管場所まで移動。開演前よりも一層打ち解けられた感があって、これも音楽の力です。最後に会場に向かい「お世話になりました、ありがとうございました。」と声を掛けると、サービスの皆さんからは「素晴らしい演奏をありがとうございました。」と言ってもらえました。「お疲れさまでした」と言われることはよくありますが、この言葉は一層心に響きました。