あれは2011年の秋。福島での演奏会から戻ってチェックインしたグランドハイアット東京ステイは最悪でした。すべてホテルが悪いとは思いません。人間関係と同じで、波長が合わないことは、どんな一流ホテルでも起こり得ます。でも、この時はそれがあまりに重なりすぎ、心底落胆。もう二度と来ることはないだろうと思いながら出発しました。当時の出来事には今でも納得がいきませんが、それは相手のグレードを認めた上での私なりの敬意からでもあります。
それが今になって再訪する必要が生じました。ホテルステイは大好きなのに、どうしても気が進まず、なんとか行かずに済まないものかと考えているうちに月日が経ち、とうとう正面玄関に到着。颯爽と振舞うスタッフに先導されて、チェックインを行う10階のグランドクラブラウンジへと案内されました。エントランスからラウンジまでの動線は、以前と変わらぬ景色。でも、素通りしたフロントカウンターや、すれ違うベルアテンダントから、自然でやわらかい笑顔を向けられた時、ずいぶんと変わったなと感じました。
ラウンジでのチェックインもスムーズに行われ、顔なじみのマネジャーが恭しく出迎えた上に、新しいスタッフたちを紹介。今ここから始まる時間にこのホテルの真価を示そうという前向きさが心地よく響いてきます。これなら快適に過ごせて、トラウマから解放されるかもしれません。
用意された客室はグランドエグゼクティブスイート。エントランスを入るとすぐにワークスペース。そこに冷蔵庫やコーヒーマシンなどのリフレッシュメントも用意されています。リビングルームはほぼスタンダードルーム1室分の広さ。革張りのソファがガラスのラウンドテーブルを囲みます。ベッドルームとの仕切り壁には大型テレビやB&OのiPadドック、窓際には同じくB&Oのオーディオと、音関係が妙に充実。その割にDVDプレイヤーは6年前と変わっていません。
ベッドルームは建物のコーナーに面し、スタンダードルームとは違う形の大きな窓が特長。窓に向いたベッドは、以前と同じフレッテのベッドリネンでメイクされていますが、マットレスは新調されています。窓際にはデイベッドを据え、サンルーム的な雰囲気。クローゼットはスイートにしては小さい印象で、特にハンガーレールは倍の長さが欲しいところ。
バスルームはスタンダードルームのものと大差ない造りながら、スペースは一回り広く取られています。湯を溢れさせられる深いバスタブ、強力な本物のレインシャワーが実に快適。ただ、ライムストーンの壁は、汚れやシミが濃くなっており、そろそろ厳しいのではないかと感じさせられました。浅いベイシンボウルも使いにくく、好きになれません。バスアメニティは、以前とほぼ変わらないクオリティに、いくつか追加のアイテムが増えています。
清掃は概ね良好。ただ、入室して数秒以内に、私はいくつかの汚れを発見しました。なかなか目につかないところならまだしも、目立つ部分に汚れが残っているのは、プロの仕事とは言えず残念です。
客室は全体的にアースカラーでコオーディネートされ、華やかさはまったくありません。かといって上質さが際立っているというほどでもなく、世界に数あるグランドハイアットの中でも、内装としてはパッとしない部類ですが、好みはひとそれぞれ。それに、もし長く滞在するとしたら、飽きがこなくていいと感じるかもしれません。
さて、今回、快適な滞在を最も阻害したのは、客室外からの騒音でした。ヒルズ内のイベントスペースから聞こえる喧噪や音楽、道を走る車の音、上階から響くフローリングを歩く靴音、大声でしゃべりながら作業する外国人客室係などなど。ここでは静寂は得難いもののようです。
グランドクラブラウンジも、あまり快適ではありませんでした。朝っぱらからけたたましい音楽を流し、子どもは騒ぎ、成金がオラオラ目立った行動をしている、そういう空間です。そうでない上品な客の方が圧倒的に多いのですが、破壊力の大きな客はとても目立ちます。音楽に関しては、ホテルのセンスが理解できません。騒々しい音楽を流して、お子様はお静かにと張り紙を出しても、説得力がない気がします。
滞在中に利用したレストランは2軒。「オークドア」ではウィークエンドブランチのセットメニューを。料理のみで5,000円⁺⁺、他にシャンパン1グラス付き、シャンパンフリーフロー付きがあります。料理は、前菜、メイン、デザートをチョイス。加えて、スープ、パン、食後の飲みもの付きです。
最初の一皿はトーストにチーズを塗って、キノコソテーとポーチドエッグを載せたものを選びました。長時間待たされてやっと運ばれてきたのは、冷めた料理。当然、文句を言いました。そのあとは気を遣っていましたが、かえって気を遣ってものその程度かと思わされ、店そのものの力不足を感じました。味もいまひとつ。店の雰囲気はいいのですが、すべてが雑な印象で、おいしいものを食べたい時に訪ねる店ではありません。
もう1店は、「チャイナルーム」。その名の通り中国料理店です。平日休日問わず、飲茶食べ放題が大人気。店内は雑然とした感じで、特にホール席は窮屈。サービスも皆精いっぱい動いているものの、バタバタ。それぞれのスキルは高いので、どこかに無理があるようです。それが香港飲茶っぽいと言えば確かにそうですが、そういう「らしさ」は安い店に任せるべきで、ホテルの水準に合った空間とサービスを提供してほしいもの。
今回は幸い隅の落ち着いた席に座れたので、8,000円⁺⁺のランチコースを注文。料理それぞれの味はとてもいいです。サービスも滞ることなく、「オークドア」に比べたら圧倒的に「チャイナルーム」の勝ちでした。
こうして館内で過ごしているうちに、6年前の苦い思いがだんだん薄れて行きました。それは部屋が立派だからでもありませんし、何か特別なことがあったからでもありません。宿泊セクションで接する人たちの細やかな親切が、次々と新しいポジティブな思い出を上書きしてくれたからです。
なのに、このホテルでは私が求めている空間だと感じることができません。上品、清潔、静寂。それらが求める水準に達していないのです。このうち清潔さはホテルの責任ですが、上品さと静寂は周辺環境や客層に大きく左右されます。特に、昨今の客層の低下は極めて嘆かわしい問題ですが、ここグランドハイアット東京でもその影響が散見され、残念に思いました。