かつて、音楽会と言えば春と秋がピークで、夏と冬は比較的穏やかなスケジュールでした。忙しさとゆとりの差が大きく、音楽家の生活を農業に例えて「二毛作」と呼んだりもしましたが、最近は季節を問わず、さまざまな演奏機会があります。とりわけ今年の夏は充実していました。そんな2014年の夏を振り返ってみます。
とは言え、私が参加した公演の数はそう多くありません。クローズのイベントを含めても10ステージくらい。かつてなら半月で過ぎていたスケジュールを、2ヶ月かけてじっくりと楽しんでいます。このゆとりも充実感を高めてくれていますが、それより弟子たちや他の奏者をサポートすることに力を注いだ結果、喜びを分かち合うという特別な達成感を得られたのが、何より大きな成果でした。
7月12日には大阪で初めてのサロンコンサート。主催は美を追求するエステティックサロンですから、もちろんプログラムは美しい作品ばかりを揃えました。エレクトーンの演奏会は初めてというお客様が多かったのですが、ふだんから人の技術に身を委ねてご自身を豊かにすることに慣れていらっしゃる方々ばかりでしたので、音楽がまるで高価な美溶液のようにスーッと染み込んで行くのを、弾きながら実感しました。何かを聞こうと必死に身構えるよりも、こうして神経を解放して音楽を浴びる方が、ずっと心地よいのかもしれません。
中盤には、私の弟子で現在大学受験に挑んでいる菊池玲那が3曲ほど演奏しました。昼夜を問わず勉強に勤しまなければならない時期ですが、こうして音楽を奏でることで得たものが、きっと勉強の効率も高めてくれるに違いありません。
印象的だったのは、玲那の学校の先生方や友達の、玲那の演奏に見入る姿。その背中には慈しみが感じられ、よい教師と友達に恵まれていることが分かり、とても嬉しく思いました。
7月17日には霧島国際音楽祭に参加するため鹿児島へ。空港には音楽祭のPRブースが設けられ、昨年の公演ビデオも放映されていました。弟子の入谷麻友も留学先の上海からサポートと勉強のため駆け付けます。
今年の霧島も素晴らしい顔ぶれによる魅力的な公演が目白押し。17日はフリーだったので、ザビエル教会で行われるコンサートを鑑賞。クラシックファンが埋め尽くす客席、3人の出演者の圧倒的な演奏。シンプルな編成なのに、どこまでもダイナミックで心に迫ります。
終演後の興奮に包まれながら、ふと怖くなりました。これが霧島のクオリティ。それに比べて私の演奏は・・・。しかも、エレクトーン。私が来るべきところではないのかも。
そんな考えが一度頭に浮かんでしまうと、なかなか払拭できません。弟子の手前、平然としてはいますが、今にでも逃げ帰りたい気分。そのまま眠れぬ夜を明かし、午前中の公演に向けて会場へと向かいます。
そこで追い打ちを掛けたのが、楽器の手違い。私が指定した機種よりもグレードの低いものが届いてしまいました。そこからドタバタが始まり、マネジメントの方々もあの手この手で動いてくれ、本番までには予定通りの楽器が届くことに。でも、リハーサルは下位機種でする他ありません。せめてホールの特性を理解しようと弾いてみましたが、予想よりも表現力が格段に違い、ほとんど意味を成しませんでした。
でも、こうしたトラブルは、弱気になっていた私を奮い立たせるのに極めて効果的でした。私には私の得意とするものがある。それに価値が無いのなら、はなから声が掛かるわけがない。与えられた役割をきっちり果たそう。
慌しいままに迎えた第1ステージは、霧島初の「0歳からのコンサート」。仙台ではすっかりお馴染みで、大人気のシリーズになりましたが、霧島ではまだクラシックコンサートと0歳というのが、しっくり結びつかない様子。でも、南日本新聞さんの記事の成果もあり、想像以上のお客様が集まってくれました。
子どもが泣いてもぐずってもあえてそのまま。演奏のモチベーションに影響がないと言えばウソになりますが、子どもが放つエネルギーに抵抗せず、むしろそれを取り込みながら弾けば、まるで子どもと遊んでいるような気分に浸れます。
おとなだけのコンサートとはまったく違う、子どもたちのエネルギーをまとったクラシック作品。私はありだと思います。同じ内容の公演は10月の仙台クラシックでもお楽しみいただけます。
続いて大萩康司さんのランチタイムコンサートにゲスト出演。いつか共演したいと思っていたので、またひとつ願いが叶いました。ギターとの共演は初めて。大萩さんもエレクトーンは初めてとのこと。事前に渋谷でリハーサルしたのが14日。当日も流れを確認した程度ですぐに本番になってしまいましたが、とても心地よいひとときでした。
オーケストラとの共演だと、一度流れが出来てしまったら、それを変えるのはとても難しいもの。でも、エレクトーンなら、ソリストの意図に瞬時に反応できるので、確実に密着した演奏が可能です。大萩さんはその点にすぐに気付き、とても興味深い楽器だと言ってくれました。そしてギターの音は極めて繊細です。エレクトーンのパワーがギターの魅力を壊してしまわないよう、それはそれは神経を使いましたが、いい感じになったと思います。
翌日は古代人の遺跡に建てられた「縄文の森」展示館アトリウムでのコンサート。交通が不便なところなので、地元の人が車で来るしかないと思っていましたが、他県からバスで駆け付けてくれる人もいました。エレクトーンのソロコンサートらしく、ダイナミックなオーケストラ作品を揃えての演奏。オープンスペースながらも響きのいい空間で、気持ちよく弾くことができました。
名残惜しく鹿児島を後にして、次に向かったのは日本屈指の米どころ新潟。これまで何度も演奏機会を設けてくれた名湯村杉温泉の長生館にお邪魔して、毎年恒例の竹灯りの夕べに参加しました。
醍醐味は長生館自慢の庭園での演奏。環境や響きが気になるので、一刻も早くリハーサルを始めたいところですが、嬉し過ぎることに見事な晴天。特設ステージに屋根はなく、新品のエレクトーンに直射日光が当たる状況です。ダメージを避けるために、日没までは楽器をシートで覆って保護。音響さんもスタンバイOKなのに、弾けないのはもどかしかったです。
その間にもイメージを膨らませながら、演奏に備えます。屋外なのでスピーカーで音量を保てたにしても、自然な響きは得られません。それに、日没後は気温や湿度などの環境も大きく変わることでしょう。
一番気になったのは、舞台が水平でないことです。上の写真だと水平に見えますが、これは私が舞台の傾きに合わせて撮影したもの。で、実際の傾きは下の写真です。
いつもとは違う重力を感じながらの演奏。更にさまざまな虫たちの攻撃。演奏が始まると振動を感じて降りてくる蜘蛛。戸惑いながらも、その環境を楽しむことに。自然の風が頬を伝ったり、見上げれば星が見えたり、コンサートホールにはない開放感でした。
8月3日は和歌山へ。私の演奏はありませんが、特別ゼミの子どもたちを担当する講師陣によるコンサートの応援に駆け付けました。何かと忙しいエレクトーンの先生方が、ご自身のための時間を確保するのは容易ではありません。
そんな中、ひとり10曲というボリュームを課題にし、約1年掛けて演奏会の準備をして来た先生方。とにかく先生の本気を生徒やその保護者の方々に見てもらいたくて企画したのですが、どんな仕上がりになるのかは、予測がつきませんでした。
ところが、さすが先生たち。1日2回の公演はどちらも満席。前日の夜遅くまでリハーサルを重ね、ふたつの本番ともに堂々とした演奏をしてくれました。終演後の感想は「楽しかったです」とのこと。弾く歓びを先生が満喫してくれたのですから、指導される生徒たちにもきっと継承されることでしょう。
その2週間後は、第4回目となるサマーコンサートのため香川へ。わずか4年とはいえ、若者たちにとっては、1年1年が大きな飛躍の年です。毎回素晴らしい成長が見受けられ、それを楽しみに応援してくれるお客様もたくさんいらっしゃいます。
第1部はこれまでのレギュラー4人にニューフェイス1人を加えた5人の娘たちによるフレッシュなステージ。昨年はわずか30分程度の持ち時間でしたが、今回は60分。ソロありアンサンブルありの盛りだくさんですが、ひとりひとりの個性が埋もれることなく、全員が自分の見せ場をしっかり演じ切っていました。
優れた演奏技術とステージでの振舞いは別の才能です。彼女たちは、その両方を兼ね備えており、演奏する姿がとても自然で好感が持てます。それは私が教え込んだものではなく、彼女たちが自分で考えて身につけたもの。互いの刺激もまたとない糧になっていることでしょう。今後の活躍にご期待下さい。
待望の第2部は、テノール歌手・中鉢聡さんによる歌の世界。昨年の霧島国際音楽祭以来の再会です。1年ぶりに顔を合わせ、リハーサル時間もわずかでしたが、阿吽の呼吸は健在でした。リハーサル時、「抜き抜きで歌うね~」と言いながら、ビンビン響かせる中鉢さん。結構本気じゃないのと思っていたら、本番でビックリ。第1声から、圧倒的な存在感で会場を沸かせます。香川でこんな拍手聞いたことが無いと話題になるほど、まさに割れんばかりの喝采。伴奏の私もいい気分です。
ウルトラマンと同じで制限時間3分がテノールの宿命と言いながら、名曲、名アリアを次々と披露する中鉢さんは、まさしくウルトラマン。私が伴奏で何かを仕掛ければ、たちまち見事に応えてくれるので、楽しくて仕方ありません。中鉢さんのトークもお客様を和ませ、おおいに盛り上がりました。
夏の締めくくりは、兵庫県宍粟市でのソロコンサート。4月にスタートした山陽道労音共同企画の第4ステージ目です。姫路から車で1時間ほど。「ド田舎ですよ」と聞いていましたが、そんなことはありません、立派な街でした。でも、空気がほんとうに美味しくて、無意識に何度も深呼吸してしまいます。
そして出演者の出迎え方も労音スタイル。楽屋口に関係者が集まって、ギターの伴奏に合わせて陽気な歌で迎えてくれます。まるで南の島の隠れ家リゾートにチェックインするようなワクワク感。こんなに期待してくれているのですから、最高の演奏でお返ししないと。
早速のリハーサル。始まったらもう止まらないのが私のリハーサル。でも、クタクタになるわけにはいきません。夕方5時を過ぎた頃、ちょうど都合よく「食事の用意が整いました」と声が掛かって、一度楽屋に引き上げることに。
すると丁寧に整えられた食卓に、料理屋のような和膳が。「お弁当ではなく仕出しを取ってくれたんだ、気が利くな」と思いきや、すべてメンバーさんの手作りだそうです。しかも、私のアシスタントにも同じものを用意してくれて感激。開演まで2時間を切っているので、満腹はまずいと思いつつも、心のこもった味についつい食べきってしまいました。
会場は満席とは行きませんでしたが、想像していたよりも多くのお客様が来てくれました。エレクトーンコンサートは、放っておいてもチケットが売れるなどということがまずありません。でも、労音さんは最後まであきらめずに、出来る限りの努力をして会場を賑わわせてくれました。
その拍手の温かいこと。初めてエレクトーン演奏を聞く方々の驚きも、ステージまで伝わってきます。いつもよりおしゃべりが過ぎたかなと反省もありますが、トータル2時間越えのコンサートに最後までよくお付き合い下さいました。聞いて下さったお客様おひとりおひとりの声が、エレクトーンの世界を少しづつ広げてくれるに違いありません。いいコンサートでした。
こうして私の夏は終わりました。9月はシドニーでのアートフェスティバルと和歌山特別ゼミ修了コンサートでのゲスト演奏だけで、コンサート出演を控えています。それは10月のせんくらに全力投球するため。そして1月20日の東京文化会館リサイタルに備えるためです。そんなわけで本来ならシーズンとなる秋も演奏会は少なめですが、1回ごとの機会を丁寧に務めていきたいと思います。