ピアニスト宮井愛子さんとの共演でお届けした和歌山の演奏会が終わりました。この演奏会には、とても多くの方々が協力してくださり、それぞれの枠を越えた力がひとつにまとまって実現したので、皆さんの温かい気持ちがひしひしと感じられる幸せな時間を過ごすことができました。
和歌山は以前よりお伝えしているように、私が唯一定期レッスンを持っていた場所です。月に一度とはいえ、子供たちの笑顔とレッスンに同席されるお母さんや担当講師の熱意に触れることが楽しみで、暗いうちから自宅を出て早朝便で向かい、終日休む間もなくレッスンしていたのを懐かしく思い出します。
一日のレッスンを終えると演奏会を三本くらい務めたような疲労感でしたが、それは同時に私に使命感を与え、自信と誇りの源になっていたことが、失ってみてやっと確信できました。レッスンを離れれば、自分の演奏に専念できる。そう考えることにして寂しい気持ちを振り切ろうと努めたものの、喪失感がこれほど意欲を蝕むものとは知らず、長く苦しみました。子供たちはいつしか私の支えそものもになっていたのです。
そんな我が子のような和歌山のみんなが、私の演奏を首を長くして待ってくれている。それはそれは私も張り切って準備に勤しみました。この演奏会が決まった時から気持ちは和歌山に飛んでいましたが、その前に東京リサイタルを筆頭に、全力投球が必須の演奏会が続き、今年は私には春は来ないかもしれないなんて思う毎日。気力体力が尽きる前に正気でなくなることを本気で心配していました。
それでも音楽の女神は私を決して甘やかしませんが、見捨てもせず、やっとの思いでひとつ、またひとつと演奏会を務めていき、4月9日の渋谷が終わった瞬間、ついに和歌山へ舵を取り始めたわけです。残された時間は3週間。ソロはともかく、宮井愛子さんと共演するコンチェルトを、3週間でゼロから仕上げなければなりません。前回のブログに勝算はありますと書きましたが、あれは完全にハッタリでした。ツベコベ言わずに作業に入るために、自分を追い込んだわけです。
総譜からの編曲とデータ作成にほぼ10日、残り10日で演奏を仕上げるのは、ふだんでもギリギリ。正月から常に気を張って続けているところに、50歳になってすっかり高齢者気分の私には無茶な課題です。どうしたら頭が冴えて波に乗れるのでしょう。結局、何も考えず無の境地でひたすら取り組むことにしました。そうして何とかギリギリ仕上げて、みんなの待つ和歌山へと出発したのです。
着いたらそのまま愛子さんの待つ稽古場へ直行。そこは2月に完成したばかりの最新型ユニスタイルの教室。あらまー、以前は雨漏りのする会場で、バケツに溜まった水が溢れないかと気にしながらレッスンしていたのに、さすが財団、立派です。和歌山駅からも近く、駐車場完備ですから、レッスンに通うには最高の環境。生徒さんでもお友だちを集めてミニコンサートを開催できるような空間もあり、今回はそこで2日間みっちりリハーサルをさせてもらいました。
愛子さんとは以前から面識はありますし、お互いの演奏を聞いてはいますが、共演は初めてです。今回の演奏会は、和歌山市と財団法人ヤマハ音楽振興会のコラボで、和歌山出身演奏家コンサートシリーズのひとつとして開催されました。そこにお江戸のよそ者がピタッとはまるには、役割をよく自覚し、立ち位置に気を配るのがいいと思いました。それは私の最も得意とするところですので、振る舞いという点では、ほぼ自然体にしていればそのようにまとまるはずです。
ただ、演奏の立ち位置に関しては、私には一層のプレッシャーになりました。自分のペースで弾いて、愛子さんに気を遣わせたのでは具合が悪いわけです。愛子さんもオペラに携わる人ですから、相手の出方に器用に合わせるテクニックはじゅうぶんに持っています。でも、今回それは私の仕事。愛子さんの演奏に私の神経を集中しながら音楽全体を構成していくわけですが、それには自分の演奏から意識を抜かなければなりません。
当日はリハーサルの時間が限られていたので、環境を理解するという意味で一度通して合わせるのが精一杯。そして時間通り開演となりました。愛子さんのソロを舞台袖で見守りながら、会場の様子をうかがっていたのですが、ああここは和歌山だなあと感じられる雰囲気でした。皆さん、とてもお行儀がいいんです。きちんと聞いてくれますが、もっとくつろがせてあげたいなと思うような感じ。その雰囲気を和ませてくれるように、高らかなブラボーの声が響き、会場もだんだん温まっていきました。
後半は私のソロ。久しぶりに02Cというモデルでソロを弾きました。最近、02Xというペダル鍵盤の長いモデルばかり弾いていたので、短足くんの02Cがとても弾きにくかったです。CからXはまったく問題ありませんが、逆は要注意と学びました。それより怖いのが華奢なイス。これもしばらく弾いて慣れれば平気ですが、久しぶりだとこんなに不安定だったかいなと、うろたえるハメに。Xを弾く感覚で体を動かすと、椅子ごとひっくり返って、舞台の上で死んだゴキブリみたいな図をお見せすることになりそうです。
第2部はラフマニノフ。初めての愛子さんとのアンサンブルでしたが、とてもよかったと思います。次々に展開していく音楽の中で、さまざまな情景が頭に浮かびました。始まるとあっという間の演奏会でした。
自分の演奏に関しては、傷の多さが悔やまれます。言い訳ではありませんが、傷を減らす、あるいは無くす方法なら知っています。自分の演奏に専念し、周囲がどうであろうと正しく弾くことに集中すればいいのです。でも、これほど傷を残しても気分が最高だったのは、今の力と環境の中ではベストな選択とパフォーマンスができたと思うからです。その上で、より高度な仕上がりと、全体への気配りを両立する技術を磨いていきたいと思います。単によい演奏をすることと、お客様を巻き込んで演奏会を作ることの違いは、経験でしか学べません。その機会に恵まれていることに感謝します。
終演後は会いたかったみんなに会うことができました。短い時間でしたが、ちょっぴり大人っぽくなったみんなに接し、こんな私のことを慕ってくれることの喜びを感じました。帰京の便に乗る時には、家族を残して戦地に戻る兵士のような気持ちに。しばらくクローズの演奏会が続き、次に皆さんにご案内できる演奏会は、5月下旬、飯田、鹿児島、佐賀のソロコンサートです。6月は一般公開の演奏会はありませんが、7月にはパパになりたてでハッピーマックスな波多江史朗さんのサクソフォーンとのコラボが大阪茨木で。ぜひどこかでお会いしましょう。