レストラン千草屋 白河

白河を訪ねるのは、9月下旬以来。その時は、せんくら、シンガポール、リサイタルと特別な演奏会を控えて気持ちに余裕がありませんでしたが、今回はスッキリ。月曜日から金曜日まで、市内の小学校を巡回して演奏会です。

リサイタルにも来てくれた方が、いい演奏を聞かせてもらったからと招いてくれた店が、白河市街中心部からタクシーで15分ほどのところにある一軒家レストラン「千草屋」。なんの予備知識もなく店に入ったのですが・・・

この日は日曜日の夜なのに、他にお客の姿はなく、テーブルもセッティングが施されているのは1卓だけ。どうやら、貸切状態のようです。

店先ではオーナーシェフと給仕を務める女性がにこやかに迎えてくれました。自宅に招かれたような、やさしい雰囲気が感じられます。

他にお客がいないと、かえって緊張してしまうなと思ったのも束の間、すぐにくつろいだ空気になりました。それも、自然体なサービスによるものです。

料理は招いてくれた人があらかじめ注文を済ませてあり、必要なカトラリーがセットされていました。それを見ると、今日の献立はフルコースのようです。

冷たい前菜は、人参のムースとコンソメゼリー。素材そのものの色をした料理を見て、この店の思いはすぐに伝わってきました。ありのままの美味しさを、手間を惜しまず丁寧に引き出すのが得意に違いありません。

一口味わってみて、なるほどと思いました。素材の甘さのみで、余計な味付けは一切なし。コンソメも薄口ながらもいい味。これは期待できそうです。

温かい前菜はエスカルゴ。一般的にはガーリックの効いた濃い味付けですが、こちらでは玉ねぎのほんのりとした甘さが際立っていました。こんなにやさしいエスカルゴは初めてです。

スープはデミタスカップで提供されるコンソメ。先ほどのムースで使っていたのと同じですが、温めると塩のみで整えた味の繊細さがよくわかります。

魚料理は真鯛ポワレ。南仏のテイストを盛り込みつつ、こちらも素材の味を活かしています。

メインディッシュは特選黒毛和牛の柔らか煮。肉よりも艶やかで濃厚なデミグラスソースに惹かれました。この味わいは一朝一夕に得られるものではありません。添えられた野菜にも存在感があります。

口直し代わりに出てきたのが、スプーンに載った野菜のコンフィチュール。「9種類の野菜を使っていますが、何かわかりますか?」との問いに、ゲーム感覚でしみじみと味わってみました。

人参、セロリ、トマト、ズッキーニ、赤ピーマンまではすぐにわかりましたが、大根かな?蕪かな?根菜っぽいのは蓮根かな?オリーブの味もするけど、そもそも野菜じゃないだろうし・・・

正解は人参、セロリ、トマト、ズッキーニ、赤ピーマン、大根、蓮根、そしてごぼうとタケノコだそうです。ごぼうは惜しかったけど、タケノコは絶対わかりませんでした。

アヴァンデセールは酒粕のソルベ。「酒精の雫・凛 ヴィンテージ2009」という立派な名称もあるそうです。酔っ払いそうと思ったら、ノンアルコールだとか。でも、酔いそう。

最後のデセールはヌーシャテルチーズを使ったチーズケーキ。こちらも「Mon Coeur こころ」という名前が付いています。濃厚でチーズの風味豊かなケーキは、ワインにも合いそう。添えられた黒胡椒との相性もぴったりでした。

これにパンとコーヒーが付きます。野菜コンフィチュール、酒粕ソルベ、ヌーシャテルチーズケーキは通販でも購入可能ですし、都内百貨店のイベントで販売することもあるとか。でも、こうして店で味わうのが一番でしょう。

それにしても、どうしてこんなにお客が少ないのか。やはり地震と事故の影響が大きいそうです。すでに30年近い歴史を誇る店だというのに、なんとも寂しいではありませんか。

本当に美味しいものを食べてもらいたいという思いが伝わる料理に出会ったのは久しぶり。美味しさだけでなく、幸せな気分を感じさせてもらい、足繁く通える場所ではないにしても、折に触れ訪ねたい店です。

帰り際も、オーナーシェフが店先に立ち、ずっと見送ってくれました。初めての客にここまでしてくれる真心は本物だと思います。