コンサート会場が大きくても小さくても、ステージから見て一番目立つのは、やはり最前列です。
ロックコンサートや人気アイドルのイベントとは違い、クラシックのコンサートでは、必ずしも最前列がベストシートとは限りません。
空間を駆け巡る音を楽しむには、中央よりも後ろの方がいい場合もありますし、エレクトーンコンサートの場合は、後方に行くほど音はまろやかになりますので、刺激に弱い人は前方は避けた方がいいかもしれません。
音という意味でのベストポジションは断然中央です。それは前後にではなく左右に。
ステージに置かれたスピーカーは、左右にチャンネルを振り分けて立体的で奥行きのある音を鳴らします。
そのため、できるだけ中央、せめて左右のスピーカーの間に収まるように座る方がいいと思います。でも、手足を存分に見るなら、前列は中央でなくても非常に魅力的です。
ホールの形状によっては、舞台が高くて首が痛くなってしまうかもしれませんが、演奏者の息遣いまでがダイレクトに伝わってくると、まるで自分のためにだけ演奏しているような気分で楽しめます。
私は演奏中、舞台奥の方を向いていますので、客席の様子を目で見ることはできません。でも、心の目でいつも見ています。
とりわけ最前列のお客様から伝わってくるものには、大きな影響を受けます。そこには不思議なほど濃密なコミュニケーションが生まれているのです。
それはまるで無言の対話。理想は、私の音楽からお客様が感じたものが、直ちにフィードバックしてくること。
おそらく、お客様は音楽に心を開いて、ひたすら聞いて下さっているだけなのでしょうけれど、何と言ったらいいのでしょう、いい「気」のようなものを持っているお客様は、くつろいでいても雄弁です。
そして、音楽を抵抗なく吸収して下さるお客様の存在は、私の魂を一層燃え立たせます。
そんな理想的な関係になることも決して珍しくはありません。記憶に新しいところでは、5月5日の坂出がそんな感じでした。
前方座席には空席が多かったのですが、そこをあえて最前列にお掛けになった男性。舞台に最初に出て行き礼をした際、その男性を見つけてちょっと緊張しました。
好んでここに座るからには相当の通に違いない。一瞬の隙がお客様を落胆させる。しっかり弾けよ、と自分に言い聞かせました。
でも、演奏を始めてすぐに、嫌味な聞き方であるどころか、私の演奏の味方になるに違いないと気付き、終始リラックスして気分よく弾けたというわけです。
どちら様だったのかはわかりませんが、私の感謝が届けばいいなと思っています。このように、私の演奏を支えてくれるお客様は無数にいらっしゃいます。
こうした「対話」は最前列に限られますが、いつでもお客様の音楽を愛するお気持ちやご期待を感じながら、迷いなく演奏しています。