もう6月。私が好きな雨の季節はもうすぐですが、一年の半分が程なく過ぎると思うと、少々気ぜわしく感じます。
新潟から戻ってからというもの、ほぼ1週間の間、まったく人と会わず、ほとんど会話もせず、ひとつの音楽に没頭しています。
それは新潟のコールトゥッティと七夕の日に共演するラター作曲の「グローリア」です。
エレクトーンはあらゆる楽器の音を模すことができますが、歌詞を伴う歌声だけはどうにもなりません。ソロで歌う歌手とのアンサンブルもエキサイティングですが、大人数の歌声と共演するのは身震いするような体験です。
ラター作曲の「グローリア」は、そんな歓びを存分に感じさせてくれるだけでなく、エレクトーンのよさが活かせる作品でもあります。
高らかで輝かしいブラス、荘厳なオルガン、軽快なパーカッションが、斬新なハーモニーやリズムと重なり合い、弾いていてなんとも気分がいいのです。
ここに合唱が持つ無限に広がるパワーが加わったら、どんな奇跡が生じるのか、今からワクワクしています。
その一方、編曲やレジストレーションデータ作りは慎重に進めています。いつもなら、方針を決め、一気に仕上げるのが私流ですが、今回は弾きながら試行錯誤を重ね、何度も書き換えや作り直しをしています。
その原動力になっているのが、指揮者である時任康文先生のエレクトーンに対する印象。直接批判を受けたわけではありませんが、根っからのアコースティック派ですから、エレクトーンに対してさほどよい印象を持っていないはず。
ならばその印象を覆すだけの演奏をしなければと奮起しながら、準備しているというわけです。
ここで肝心なのは、オーケストラと聞き違うようなリアルな音を目指すのではなく、ラターの世界をどれだけ表現できるかということ。
私にとって初めてのチャレンジとなる作曲家ですし、まだ目指す音楽にならないのですが、あと5週間、練りに練って本番を迎えたいと思います。