今年も田園風景が広がる宍粟の町に第九が響き渡りました。宍粟労音が毎年全力を尽くして開催している市民第九公演は、私にとっても深い思い入れがあり、これが終わらなければ秋が越せないという気持ちでやっています。
これまで合唱団は第九の終楽章だけを歌って来ましたが、今回から「リメンバー」をレパートリーに加えて、より平和へのメッセージがこもったステージになりました。また、以前は緞帳の中で整列して幕を開けていましたが、昨年よりエレクトーン演奏とともに入場するスタイルを取っており、今年は「ひまわり」の調べに乗せて穏やかに一歩一歩入場しました。これは他ではない演出だと思います。
第九の方は、なかなか上達したとは言い切れないのですが、それでもそれぞれに思いを込めて心からの歌声を放つ皆さんの姿には、毎回胸を打たれます。すべてがドラマであり、ひとりひとりに物語がある。それが客席にも伝わるので、いつももったいないほどの大きな拍手を頂戴しています。
舞台裏もユニークですよ。毎年、「田園の歌姫」こと、寺ちゃんの手料理が振る舞われ、楽屋はまるで旅の宿みたいな雰囲気です。午前1時から下ごしらえをして仕上げてくれた田舎料理は最高!
もうひとつ宍粟らしい体験になったのは、前日の宿。昔の醤油屋さんをリノベーションしたという施設に泊まったのですが、これがまた風情があって気に入りました。茶室のような小さな部屋もあって、リハーサルの後、そこの縁側に座って庭越しに月を見上げるひとときは、貴重な体験に。それはちょっと物悲しく、言いようのない喪失感でもあり、不思議な感覚でした。
朝は、宿から会場までのんびりと歩き、宍粟の街並みからインスピレーションをもらっての本番ができました。こうした演奏会とは直接関係のない余白時間が、演奏会をより魅力的にしてくれるのも面白いですね。
終演後は交流会がありました。できることなら皆さんと喜びを分かち合って笑顔で過ごしたいところですが、この日も私はステージに全力を注ぎましたので、終演後は魂の抜けた放心状態で、終始ぼうっとしていたと思います。本番でタキシードまでびしょびしょになって、早くシャワーを浴びて横になりたい。そればかり考えていました。愛想なしでごめんなさい。
そして最後は餅つきを!心は空っぽでも体力は残っていたので、勢いよく杵を振り下ろし、つきたての美味しいお餅を皆さんと一緒に味わいました。どこまでも宍粟らしく、どこまでもオンリーワン。来年もまた楽しみです。
写真:上田海斗