第九ハーヴェスト

45周年を迎えた宍粟労音の例会に呼ばれて10年目。そのうち5回は第九を共にし、ささやかな工夫を重ねながら歩んで来たので、節目のステージを終えた今、しみじみとした温かい気持ちを味わっています。客席を埋めるお客様に繰り返しお付き合いくださっている方が多いことも、たいへん嬉しく思います。

この10年、私自身は実際以上に歳を取り、暮らしも世界も価値観もすっかり変わってしまいましたが、宍粟はいつも変わらぬ温もりで迎えてくれます。

一方で、初心を貫き私を起用し続けた事務局と、いつも気持ちのよい拍手をくださるお客様に対し、私の演奏はきちんとお応えできているのか。その答えを見つけるステージにしようと、ひとり心に決めてのぞんだ本番でした。

宍粟ではスメタナのモルダウを毎回欠かさず演奏しています。豊かな自然と人々の暮らしが描かれたこの名曲が、宍粟の風土にぴったりとはまるからなのですが、同じ曲を弾いていても、出来栄えや気分が毎回まったく違います。

モルダウを弾く時の各年の気分を思い出して時系列に並べてみると、10年の変化が浮かび上がってきました。体力は急速に衰えていますが、そのぶん無駄のない弾き方が身について来ましたし、勢いが犠牲になった分、味わいは増したような気がします。

以前の自分から何も損なうことなく重ねられれば、一歩ずつ着実に完成へと近づけるのでしょうが、人間は得るものがあれば失うものもあるわけで、どんな生き方をしようとも、決して完璧の域には達しません。古い自分を理解すること、今の自分を認めることは、他者を理解し認めることと同等だとも気付きました。

第九はかれこれ20年弾いているものの、チャンスはせいぜい年に一度か二度ですので、ひとつにまとまりたいと思っていても、コーラスは歌い私は弾くという単なる分業に終始するもどかしさがありました。それが今回は初めて完全に一体化する瞬間をとらえることができ、大きな前進になったと思います。スパークよりも短い瞬時の出来事ながら、永遠の記憶に刻まれました。

また、客席のムードもこの10年で大きく変化しました。当初は客席の雰囲気がゆるく、音楽を鑑賞したくてご来場のお客様にとっては、あまりよい環境が整っていませんでした。それが今では、首都圏と比較しても遜色のない雰囲気に変わり、お客様と音楽の繊細な部分まで共有できるようになったのは、本当に喜ばしいことです。

この10年で最も大きな成果は、このように客席が整ったこと、すなわち宍粟の地に音楽文化が育っていることに他なりません。

効率よりも手作業の丁寧さを重視する宍粟の気質に、元来クラシック音楽はぴったりのはずですので、この先もずっと宍粟労音の活動は続き、やわらかくも確実に文化に貢献していくことでしょう。私も50周年を共に祝えるまで、よい付き合いを育んでいきたいと思っています。

演奏曲目

べドルジフ・スメタナ:連作交響詩「我が祖国」第2曲 モルダウ
Bedřich Smetana:Má Vlast Vltava

モデスト・ムソルグスキー(モーリス・ラヴェル-神田将編):組曲「展覧会の絵」
Modest Petrovich Mussorgsky : Tableaux d’une exposition (ED.Maurice Ravel, Yuki Kanda)

 プロムナード Promenade
 グノーム(こびと) Gnomus
 プロムナードll Promenade
 古城 Il vecchio castello
 プロムナードlll Promenade
 テュイルリーの庭(遊びの後の子供たちの口げんか) Tuileries – Dispute d’enfants après jeux
 ビドロ(牛車) Bydlo
 プロムナードlV Promenade
 卵の殻をつけた雛のバレエ Ballet des poussins dans leurs coques
 サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ Samuel Goldenberg und Schmuÿle
 リモージュの市場 Limoges – Le marché
 カタコンベ(ローマ時代の墓) Catacombae – Sepulchrum Romanum
 死せる言葉による死者への呼びかけ um mortuis in lingua mortua
 バーバ・ヤガー(鶏の足の上に建つ小屋) La cabane sur des pattes de poule – Baba-Yaga
 キエフの大きな門 La grande porte de Kiev

セルゲイ・ラフマニノフ:ヴォカリーズ
Sergei Rachmaninov:Vocalise

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン:交響曲第9番 ニ短調 作品125 第4楽章
Ludwig van Beethoven:Sinfonie Nr. 9 d-moll op. 125 – 4