三越日本橋本店「フランス展」に合わせ、コンサート「フランス旅紀行」が開催されました。会場の三越劇場オープンから95年が経つ風格のあるホールですが、開業から349年の歴史を誇る三越にとっては「新しい」設備と言えるかもしれません。百貨店内にあるこの珍しい劇場は、館内装飾といい構造といい、ほかに類を見ない貴重な存在となっています。
こうした古い劇場は、趣きこそ抜群でも、音響をはじめとする付帯設備に関しては時代遅れで、近代的な公演には不向きであることもしばしば。入館して音は大丈夫かと心配になりましたが、リハーサルの最初の一音で納得。聞けば、最新設備に入れ替えたばかりだとか。歴史的空間とテクノロジーが見事に調和し、この日の公演内容ともピッタリとシンクロしました。
出演は歌手で俳優の中井智彦さん、オペラ歌手の今井俊輔さん、ゲストに迎えた歌手の佐渡寧子さん、そして私の4人。うち今井さんと佐渡さんは初共演でしたが、おふたりと親しい中井さんがうまく連携してくれましたし、おふたりとも接しやすく、いいチームワークができたと思います。
曲目はフランスにちなんだもの尽くし。3人の個性に合わせた選曲で、それぞれの魅力が引き立つよう工夫されました。弾きながらも楽しさを味わえるお気に入りのプログラムでしたが、半分以上が新規に仕込むかリメイクの必要があり、いつもながら時間との戦いに。6月以降、使える時間の半分以上を編曲に注いでいますが、扱う曲数が非常に多く、それぞれにじゅうぶんな時間を確保しにくくなっています。
仕込みにもいろいろあって、3分クッキングのようにサッと片づける方法もあれば、ダシを取るための昆布やアゴを自分で海までとりにいくような手間隙を掛けることもあります。いつも後者を基本としているので、今のように100曲以上を同時に抱える時は本当に生きた心地がしません。
この旅紀行コンサートでは、ほぼ即興演奏でいける部分と、決定版と言える凝り様のものがバランスよく散りばめられていました。仙台から戻っての1週間で、簡易アレンジでいくつもりのものを凝った作りにやり直した曲目もあったのですが、それはリハーサルで歌手たちの声や演技に触れ、もっと充実した音で支えたいと強く思ったからです。
本番もたいへん心地よくお供することができました。というのも、歌手たちが大ベテラン揃いで、どこに向かいたいのが明確に伝わってきますし、まさに弾きながら観劇している臨場感が自然と世界を創り出し、私もただそこに在ればいいという感覚でした。
強いて苦労をあげるとすれば、ミュージカルの前後にオペラアリアがある場合、コンディションの調整が難しいと感じました。やはりオペラとミュージカルは体の使い方も精神的な構えも違うようです。言うなれば、右を向いて十字をきり、左を向いてお経を読むような感じでしょうか。
ともあれ、三越らしい上品なお客様に見つめられ別世界で演奏した2時間は、とても幸せでした。久しぶりに両親とも顔を合わせ、終演後は特別食堂で家族の時間を。束の間の安らぎを得て、明日からまたビシッとやれそうです。
一度きりの上演ではもったいないこの企画。照明、音響、スタッフもみんな最高。ここまでやっちゃっていいの?というほど本格的なステージ、再演の機会に恵まれるよう願っています。