大阪茨木のコンサートが終演しました。数々の計画が立てられるこのシーズンに、遠方への旅行ではなくこの心の旅路をお選びくださったお客様や、各地より関心を寄せていただきました方々に、心より感謝いたします。もっとも、このコンサートへの来場が、そもそも遠方への旅行に当たるお客様も多く、出演者一同、ご期待にお応えすべく、気を引き締めて当日を迎えました。
公演前日に東京から大阪へと移動しましたが、首都圏は台風の影響であいにくの天気。飛行機を午前中の便に変更し、都合よく欠航を回避することができました。大阪はいかにも日本の夏らしい気候です。とはいえ外気触れたのは1分にも満たない短時間。今回もまた飛行機、車、ホテル、現場のみの行動です。
自由に出歩けないのは構わないのですが、旅先ではエレクトーンに触れる機会が限定され、それがいささかストレスになります。ホテルではもっぱら楽譜や構成を書いたり、調べものをして過ごします。今は食事もルームサービスを利用し、到着から出発まで一度も部屋から出ないことが多くなりました。
公演当日。朝食と支度を済ませて、まずは菊池玲那の演奏にアドバイスするため菊池邸へ。本番間際に何かを施しても遅いのですが、現状持っているものを最大限発揮するテクニックを伝えるなど、心を整えるために役立てたらと思い出向きました。午前中の数時間をそれに費やし、午後から会場へ。さっとセッティングを済ませて、早速リハーサルです。
すでに歌手が控えていたので、そのままご希望の曲から合わせが始めました。サウンドチェックも指ならしもなく、いきなり一番苦手な曲から。少し調子がつかめてからやりたい曲でしたが、意に反して構えのできていないタイミングで弾くことで、腹がきまるといいますか、これができれば何でもできるという覚悟に導かれ、かえって好都合だったかもしれません。
その先も次々と進み、ざっとひと通り弾いてタイムアップ。会場の響には慣れてきたものの、ここまででずいぶんと消耗した実感です。自分の頭を整理する時間が確保できていなかったこと、準備運動なしで本番さながらのプレイに入ったことなど、いつもとは異なる行動に体がついていきません。
結局、グラス1杯の水を口にする余裕もなく開演しました。1曲目はソロでラプソディインブルー。波多江・米津・石川アンサンブルで100回以上は演奏して来た思い出の曲をソロで弾くのは感慨深く、仲間たちの息吹を心で感じながら過ぎた日々を思い返しました。
続いて平野雅世さんのサマータイム。ガーシュインつながりで自然な流れではありますが、これもまた私には特別な瞬間です。というのは、平野さんとプッチーニ以外の作品を共演するのは、これが初めてだから。平野さんとのステージは当然こういう空気というイメージが出来上がっていたので、何もかもが新鮮でした。
そして後半は井上美和さんとのフランス歌曲。エレクトーンで演奏する機会がほとんどない文学的な音楽を共演させてもらい、どうしてもやってみたかったという願いがひとつ叶いました。このスタート地点が、この先どんな景色に変わっていくのか、楽しみです。
休憩をはさんで第2部はカルメン前奏曲から賑やかにスタート。すでに私はバテ気味、いや完全にバテていて、いつもなら朝飯前のカルメンがキツかったです。と、ここで菊池玲那登場。ハバネラを井上さんと共演。この間に自分を立て直すつもりが、自分が弾くよりはるかに胸がドキドキで、むしろ休まりません。
次は平野さんと私で蝶々夫人。ごめんなさい、これが一番の休息になりました。サイさんの「愛する小鳥よ」のようなもので、平野さんの「ある晴れた日に」は私にとって完全に自動操縦モードです。そして「花の二重唱」。心地よい気流を持つ名曲ですが、そのように弾くには中身が忙しすぎてなかなか大変です。私が時にその気流を乱しても、歌手おふたりは悪影響を受けずに流れをキープしてくれて助かりました。
続くは一番の魅せ場、玲那のソロです。サムソンとデリラからダンスバッカナールを弾きました。エキゾチックな華やかなさと、サン=サーンスらしいうっとりするような美しさが同居する作品です。袖で演奏にも耳を傾けましたが、それよりお客様の拍手を気にかけていました。演奏が終わって、拍手が鳴り響いた時、よし、玲那もよくやったと思いました。お客様が認めてくださること。それが一番です。
井上さんと私でサムソンとデリラのアリアを演奏し、いよいよラスト、平野さんと玲那の椿姫です。ふだんあっさりとリハーサルを終える平野さんが、みっちりと時間を掛けて玲那に向き合ってくれました、これは本当に特別なことです。その要求に直ちに応じられないことに玲那は散々苦しみましたが、これに勝る経験はありません。本番でもベテラン歌手を相手に、よく頑張っていました。
カーテンコールでは、歌手おふたりにも玲那を引き立てていただきました。お客様からも応援とねぎらいの大きな拍手を受け、玲那の胸にも新たな望みが宿ったことと思います。
私は、弾く人、教える人、面倒を見る人、支える人など、あれこれ役割があって、そのどれもが中途半端だった気がします。もしどれかに集中するなら迷いなく弾く人です。このような混沌とした状態でもなんとかなるのは、影で支えて面倒を見てくれる人がいるからです。黙っていても準備が進みますし、共演者も協力的で手間いらずで本当に助かっています。
終演後は姫路に移動。もうにっこりする余裕もなく、とにかくシャワー、そしてすぐ休むと心に決めてチェックインしましたが、ありがたいことに広くて立派なお部屋に。いつもなら大喜びですが、ドアからベッドまでが遠過ぎて、野垂れ死するかと思いました。
服や靴の手入れをしていたら結局午前4時。今回新しくおろしたルブタンも、すでにレッドソールがボロボロになっていてショック。そんなに激しく弾いた記憶はありませんが、まだまだ無駄な力が入っているとの戒めと受け止め、深く反省いたします。