旅館 鶴富屋敷 Tatami Room
Tsurutomi Yashiki
2008.11.10(月)
宮崎県椎葉村
楽-4

300年屋敷の前庭
 
21世紀の桃源郷 椎葉村はまるで日本の桃源郷だった。椎葉から迎えに来てくれた車に乗り込み、日向市を16時に出発。途中で一度だけ道の駅に立ち寄った際、この先に休憩地はないと言われたが、山道を進むにつれ、その意味が理解できた。

平成17年の台風被害の爪跡がまだあちらこちらに残り、部分的に新しくなった快適な道と、対向車とのすれ違いが出来ずに崖っぷちで100メートルバックをしなければならない道とが交互に現れ、椎葉がいかに人里離れた集落かを痛感させられる。麓と椎葉の間に集落はなく、隣の家まで7キロあるとか、小学校で最も遠い子は50キロ離れたところから通っているとか、武勇伝級の話が次々に飛び出してくる。

そして、何より驚いたのは迎えの車の荒々しい運転だった。それはまるでジムカーナ。都会人なら思わず徐行してしまうような細い崖っぷちでも、かなりのスピードで突き進む。後部座席は常に左右に揺さぶられ、到着する頃にはフラフラだった。

椎葉村の集落は、思っていたよりも民家が多く、役所などは立派な建物だった。今宵の宿は「鶴富屋敷」。ここには平家の落人たちが身を潜めた歴史があり、屋敷の一部が築300年であることは事実のようだ。ちょうど毎年恒例の平家まつりが終わったところで、祭り中は多くの人々で賑わったというが、もうすでに平静を取り戻している。

宿の玄関は、300年屋敷の奥にあり、民宿のような趣き。玄関を入ると民芸調のロビーがあり、小さなフロント、ストーブ、ソファが配置されている。すぐさま女将さんが現れ、初めてなのに、再訪を懐かしんでくれているかのような、親しみと愛情のこもった出迎えをしてくれた。

1階にも部屋はあるようだが、我々一行には2階に6室あるうちの4部屋が用意された。ひとり一部屋ずつと非効率な利用の仕方だが、ビジネスでの道中なので仕方がない。どの部屋でもよかったが、角の部屋を勧められ、「桧」と名の付いた部屋に泊まることになった。客室はすべて和室で、室内にバス・トイレは備わっていない。内装もシンプルな和室で、エアコン、テレビ、鏡台、テーブルが備わっており、すでに寝支度も整っていた。

食事は築300年の屋敷で振舞われた。釘が使われておらず、長い年月を経て微妙に傾いており、立方体なはずの室内がわずかに歪んでいるため、なんとなく平衡感覚がおかしくなりそうな感じ。畳や障子は新しいが、木材は当時のままなので、囲炉裏の煤で漆黒に変色している。

囲炉裏を囲むようにして並べられた料理は、すべてこの近辺で収穫された食材で、手間隙掛けてこしらえられたもの。鹿の刺身、川鱒の刺身、野菜豆腐、山菜天ぷら、ヤマメ塩焼き、川海苔などなど。珍味のオンパレードだ。加えて、女将さんの息子さんが力いっぱい作ってくれたという大根入りの蕎麦がきや、採れたての椎葉特産の椎茸、唐芋などを、囲炉裏で炙って食べるという、ユニークな体験でもてなしてくれた。死ぬほど満腹だったが、女将さんの厚意に応えるために、頑張って頑張って頑張った。

バスルームが使えるのは15時から23時まで。浴槽はふたりが精一杯だが、シャワーは4箇所あって、タオル類は脱衣所に用意されている。男女兼用だが、札を掲げて使用中を知らせる仕組み。朝はシャワーのみ利用可能だが、前日の残り湯で構わなければ浴槽も利用できる。和室ではあまり熟睡できないかと思っていたが、案外ぐっすり眠れた。室内が静かで清潔なのが何より嬉しい。朝食は素朴な内容だった。夜にはあれほど満腹だったのに、美味しくしっかり食べられた。

女将さんの「今日はこれからどちらへ?」という問い掛けに「尾向小学校の体育館をお借りしてコンサートです」と答えると、「まあ、あんな山奥まで行くの?大変よ」と脅かされた。山奥の人が山奥だと言うのだから相当なものだろう。宿を出発したのは午前8時。人間味に溢れ、もてなしの心が詰まったステキな宿だった。またいつか「ただいま」と帰って来たい場所だ。

脅された通り、尾向小学校はまた更に山の奥だった。この先には宮崎と大分の県境さえ確定していない地域があるという。この朝はとても冷え込み、最初に触れた鍵盤は氷のようだった。学校は清流沿いにあり、冷えた体を温めるために、靴だけ履き替えて3キロほどランニング。その途中、やっと太陽が顔を出した。それまで曇っていたわけではなく、山の斜面が太陽を遮っていたのである。

後に聞けば、集落が谷間にあるため、場所によっては日照時間が3時間しかないという。どうりで美味しい椎茸が出来るわけだ。そして、ほとんどの家庭が狩猟をすると聞いた。中学校は全寮制で、そのまま麓の高校に通うとなると、小学校卒業と同時に親元を離れることになる。暮らしやすいとは思えないが、この地の人々が故郷を愛してやまない気持ちは何となく理解できるし、ちょっぴり羨ましく思った。

 
素朴だが清潔な和室 ロビーとフロント 共同洗面所

300年屋敷の中 夕食の膳 朝食

こちらは旅館棟 300年屋敷 歴史が刻まれた屋敷

前庭の休憩所 小学校脇の川 台風の爪跡

 旅館 鶴富屋敷(公式サイトはありません) 宮崎県東臼杵郡椎葉村大字下福良1818番地 TEL:0982-67-2320
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