ペニンシュラに不満が残ったからマンダリンオリエンタルが輝いて見えたわけではない。確かに、これまでさほどよい思い出がないだけに、そもそも期待値が低かったというのは事実だが、控えめながらもフレンドリーさを伴った上品な物腰は、高い期待を胸にやって来た人の心にも強く訴えかけるだろう。

到着時にはスマートでこの上なくスムーズな出迎えがあり、客室に至るまでにアテンダントが代わる度に「係が代わりましてご案内致します」と声を掛けられる。フロントでのチェックインも滞りなかった。用意された部屋は31階のデラックスルーム。このホテルでは最も低級な部屋である。それでも50平米の面積があり、内装もラグジュアリーホテルの名に恥じないクオリティだ。

チェックイン後、最初にルームキーを差し込むと、カーテンが開く。ちょうど客が足を踏み込んだ時には、まさにカーテンが自動で開きつつある瞬間で、一面の大きな窓の向こうに大都会の景観が広がってゆくのを目の当たりにする。「なかなかいい演出ですね」と声を掛けると、係は「マジックです」と微笑んだ。

清掃もよく行き届いている。備品の配置、ベッドの仕上げ、ソファのクッションなど、細部に至るまで見落としがなく、極めて端正だ。入り口部分はフローリングになっており、ちょうどバスルームより奥の居室部分からはカーペット敷き。135×203センチのベッドが2台ならび、淡い黄色のベッドスプレッドを掛けてある。

片方のベッドの足元にだけオットマンがあって、その上のボックスにはナイトウエア、ふっくらとして履き心地のよいスリッパ、マンダリンオリエンタルのシンボルでもある扇子が入っている。ベッドリネン、寝具ともに申し分のない心地よさだ。窓際にはカウチソファ、マガジンラックが置かれ、デスクには対面して椅子が用意されている。以前は使いにくかったティーセットだが、より使いやすいものに改められ、あらかじめ水の入ったポットも用意されるようになった。

バスルームは使い勝手は悪くないのだが、ややシンプルにし過ぎたように思う。特に、ペニンシュラのムード溢れるバスルームを見た後だと、ずいぶんと退屈だ。浴室金具には遊び心が感じられるが、その一方で安っぽの原因にもなっている。一番立派に感じるのは石をくりぬいたベイシンなのだが、それは逆に控え過ぎて目立たない。浴室照明ももっと工夫した方がよかったのではないかと思う。

今回はSPAの「ヒート＆ウォーターエクスペリエンス」というのを体験した。それは、トリートメントを受けたのではなく、単にSPAのサウナ・バスを使ったというだけ。それが1回6,600円という高額な値段は、館内の雰囲気を維持するには必要なのかもと思っても、なかなか勇気のいる出費だ。

このサウナ・バスを利用するだけでも、SPAの受付でチェックイン手続きをしなければならない。そこでスリッパに履き替え、呼ばれるまで受付付近のソファで待たされる。まるで人間ドックに来たような気分。スタッフの物腰も、どことなくそんな感じなのだ。お呼びが掛かると、係によってロッカールームに案内される。他に客はなく、まるでプライベートスペースのようだ。これなら6,600円も悪くないような気がしてきた。

浴室にはモザイクタイルを敷き詰めた浴槽が2箇所。大きな窓に向かって、寝湯のように浸かれるタイプと、立った状態で上半身まで浸かる深いタイプがある。いずれも温度は36度と低めで、透明な浴槽側面がまるでアクアリウムのようだ。それと照明効果が合わさって、清潔な湯がキラキラと輝いて見える。

浴槽の奥には、眺めのいいドライサウナ、クリスタルスチームサウナ、自動カキ氷機のようなアイスマウンテン、大きな四角い天板から豪雨が降ってくるユニークなレインシャワーなど、それほど広くはないが、とても居心地のよい空間だ。タオルは豊富に用意され、ドレッシングコーナーには、男性用の高級化粧品、ミネラルウォーター、おしぼりなどが備わっている。

ロビー奥にあるフィットネスルームは、都内のホテルでも有数の充実した設備があるのだが、賑わっているのを見たことがない。この日も貸切だった。体育会系女子のインストラクターが一人きりで対応していたが、とても気さくで話しやすく、的確なアドバイスもしてくれた。運動後のリフレッシュに、ヘルシードリンクが用意されているのも嬉しいサービスだ。

夕食はルームサービスで済ませた。味は悪くないが、以前の方が好印象だった。ワゴンには花も添えられず、料理の盛り付けはやや乱雑。こんなところで質が落ちたなどと思わせないようにしてもらいたいものだ。一方、1階のフードブティックはサービス精神旺盛で、プリンやチョコレートを買ったら「お部屋でお召し上がりでしたら、お届けいたしましょうか？」とまで言ってくれた。だが、それではルームサービスの意義が薄くなるのでは？と心配になってしまった。

夕方のターンダウンはフルサービスで丁寧だった。ナイトテーブルには心が和むアロマがセットされ、使いかけのアメニティもすべて補充された。

チェックアウトもスムーズ。正面玄関では、インターコンチネンタル東京ベイからここに転職してきた顔見知りのアテンダントたちが数人揃って見送ってくれた。なんとなく気分を滅入らせるペニンシュラ、そしてなんとなく嬉しい気持ちにしてくれるマンダリンオリエンタル。今回はマンダリンオリエンタルの圧勝だった。