湯回廊 菊屋 Double Room |
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Yukairou Kikuya |
2009.08.08(土)
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静岡県伊豆市 |
楽-4
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老舗旅館の再生 | 修禅寺境内にて行われるコンサートに出演するため、伊豆の奥座敷、修善寺温泉を訪れた。宿は菊屋。駅には宿屋の主人が迎えにでてくれた。宿の車で10分たらず、桂川に沿った細い道に入るころには、すっかり温泉地の趣きにつつまれ、つくりもののテーマパークが逆立ちしても醸し出せない風情に心が和む。
宿の入口は、一目で歴史ある建物とわかる雰囲気。下足番がおり、一段上がったロビーでは女将も仲居も総動員で客を迎えている。ちょうどチェックインタイムだ。一組ごとにウェルカムティー、茶菓子、おしぼりが出され、一息ついたところでそれぞれの部屋に案内される。 この宿の歴史は長い。そして波乱万丈であった。360年以上も昔に起源を持ち、創業時の伝説には弘法大師が登場するという。それがこの地を襲った大型台風により致命的な被害を受け、それを機に代々の主人は断腸の思いで経営を共立メンテナンスに譲った。 共立メンテナンスは温泉付きビジネスホテルのドーミーインで全国に知られる会社である。リーズナブルで付加価値の高い廉価なホテルを展開し、その評判は上々であると聞く。 この菊屋も、共立メンテナンスにより大改装が行われ、伝統と格式は表向き維持する形をとりながらも、21世紀のライフスタイルに合った新時代の高級温泉宿に生まれ変わっている。代々の主人は思慮するところも少なくなかろうが、菊屋の屋号が残り、現実に多くの客で賑わう様子を見て、少しは救いがあったかもしれない。 用意された部屋はダブルルーム。この宿でもっとも狭い部屋だが、他にひとりで泊まる客もないであろうし、ひとりで使うには十分に広く快適そうだ。連れは夫婦で来ているので新しく増設された離れの客室があてがわれたが、逆にそれほど広い部屋ではもてあましてしまったかもしれない。 ただ、部屋が狭いのはいいが、館内が複雑に入り組んだ構造になっていることに加え、あちらこちらに階段があり、大きくて重い荷物を持っての移動は難儀だった。途中まで仲居が同行したのだが、連れの方に付き添わせ、あとは自分で行くからと辞退した。仲居も歳のいった女性だったので、この大荷物を運ばせるにはいささか忍びなく、案内されたとしても結局は自分で運ぶことになっただろう。 館内の配置は、初めての利用ではなかなか頭に入らない。各セクションごとにテーマがあり、用意された部屋があるのは「月の語りべ」と呼ばれるセクションで、こちらも新築された棟らしいが、最も価格の低い部屋が並んでいるものと思われる。それでも、入口を入ると水屋が設けられており、一段上がったところにミニシンクがあって、グリ茶や健康茶とともに茶セットが用意されている。 床は全体がフローリング。水屋の脇にクローゼットがあるが、とても狭く、他に引き出しもないので、収納力は最低限である。居室は手前がベッドスペースで奥の窓際がリビングになっている。ベッドには、ダブルサイズのシモンズマットレスと、デュベカバー仕上げの寝具を使っており、寝心地はいい。ナイトランプは調光式だが、コントロールスイッチが壁に寄せられたベッドの奥側に設置されているのは失敗。こうしたスイッチ類は、常に手が届きやすいところに設置すべきだ。 一段上がったリビングには、座面が硬いベンチシート、テーブル、マッサージチェア、地デジテレビがある。湯上りにだらだらとくつろぐにはベッドを使えということだろうか、ベンチシートはあまりのんびり過ごす雰囲気ではない。他に扇風機や電話機など、昭和を思わせるレトロなデザインのものを使い、趣きを演出している。冷蔵庫には温泉水とサイダーが用意され、いずれも無料。テーブルには手書きの名入りメッセージカードとお菓子がセットしてある。 窓の外にはベランダがあるが、他の部屋にはあるイスやテーブルの類がこの部屋に限ってはなく、単に風を浴びるための場所になっている。また、この部屋はコーナールームなので、部屋の側面と裏面にも窓があり、都合、3方向に窓が設置されている。だが、眺めは民家や建物の裏面なので、役目は明かり取りと割り切った方がよさそうだ。 バスルームはベイシン室、個室トイレ、シャワーブースで構成されており、バスタブはない。いずれも窓に面しており明るいが、空調が効いていないため、この季節は暑くてたまらなかった。 タオルは大小1枚ずつに加え、持ち帰りできる手ぬぐいが1枚付く。アメニティは各種揃うが、温泉宿でよく見かけるボトル式の使い回し品なので、シティホテルでパーソナルなグッズに慣れていると、少々抵抗があるかもしれない。客室は通りに面していながらも非常に静かで、落ち着いた時間を過ごすことができた。 館内には大浴場、露天風呂、貸切可能な4か所の家族風呂があり、いずれも源泉掛け流し。家族風呂以外には、大小のタオルがたっぷり用意してあるので、てぶらで出かけられる。家族風呂は予約不要で、空いていればいつでも利用できる手軽さも嬉しい。 土曜日でありながら、家族風呂はほとんどいつでも空いていたので、大浴場と露天風呂を含め、すべての風呂に入ってみたが、やはり大浴場が一番開放的かつスケール感があり、これぞ温泉という気分を満喫することができた。また、大浴場の内装が一番立派で、名旅館の風格を最も感じられる場所でもあった。風呂場の前には、時間によって牛乳や乳酸菌飲料などが振舞われ、湯上りに一息涼めるよう工夫している。 食事は一部のプランを除いては食堂で提供される。その食堂は、元大女将の居室を改装したものだという。今回はコンサートの終演後に、食堂の座敷にイスと卓をセットした状態で振舞ってもらった。同席した14代目の主人に、宿の歴史について尋ねると、興味深い話を聞かせてくれた。 創業については詳しい史実が残っておらず、どうもはっきりしないらしい。弘法大師は高野山よりも先にこの地を開山したが、その直後に女滝が発見されたために、別の場所を探すことになったのだという。その女滝がどこだかはわからないが、今でも非常に「気」の強いスポットがあるらしい。修禅寺の寺土地の庄屋だった野田氏が、僧侶や参拝者に食事や休憩処を提供したのが菊屋の始まりだとされているそうだ。 今は表通りに面した玄関から桂川に掛かる橋を渡って客室へと至るが、以前は川とは反対側に玄関があった。車道ができ、その車道にバス停が設けられたのを機に橋を掛け、反対側に玄関を設けたとのこと。宿には至るところに歴史を感じさせるものが点在している。それらすべてが菊屋の歴史を見守って来たのだと思うと、ちょっとしたランプひとつとでさえ、一晩は語り明かしてみたい気分になってくる。一晩明けて朝食をとる間もなく、6時に出発。ああ、もっとゆっくりしたかった。 |
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湯回廊 菊屋(公式サイト) | |
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