湖畔に佇む建築美の宿
2006.11.26(日)
箱根プリンスホテル Mt.Fuji-View Twin Room
Hakone Prince Hotel
楽-3

客室から見る芦ノ湖 芦ノ湖のほとりに宿は数あれど、施設の規模において箱根プリンスホテルの右に出るものはない。円筒形のフォルムがユニークな本館、湖面を望む新館、カジュアルなレイクサイドアネックス、そして点在するコテージと、広大な敷地に様々なタイプの宿泊施設が存在する他、同じ地区には和風旅館の龍宮殿、レストラン、アミューズメント施設、ゴルフ場などがあり、一大リゾートゾーンを形成している。

中でも箱根プリンスホテル本館と新館は、数あるプリンスホテルの中にでも、軽井沢プリンスホテル南館と並んで最高級リゾートホテルに位置づけられており、2007年春のカテゴリー分け実施時には、4軒しかないザ・プリンスのひとつとなることが決まっている。初夏に軽井沢プリンスホテル南館に滞在した際には、想像を越えた高品質なサービスに大層驚かされた。まさに「別格」であり、プリンスも捨てたもんじゃないと惚れ直したほどだった。さて、箱根プリンスホテルはどうであろう。軽井沢と互角の品質が感じられるだろうか。それは、楽しみでもあり、不安でもあった。

箱根プリンスホテルは、11月末をもって一度休館し、一冬の期間を使って大々的な改装に着手するという。設備が一新されてより快適になるのは結構だが、こうした風情と趣きのある建物は快適さだけが魅力ではない。大抵の場合、改装されることによってキレイにはなるのだが、情緒纏綿とした佇まいは破壊されてしまう。ここの円筒形をした2棟の建物は、故、村野藤吾氏による設計であり、インテリアの細部に至るまで村野氏の思い入れが満ち満ちている。来る日も来る日も湖に寄り添い、晴れた日には富士とも対峙して来たこの棟が、すっかり雰囲気を変えてしまう前に、一度この眼で見ておかなければならない。そう思って慌てて予約を入れた。

この日はあいにくの雨。それも時折強く降ったり、濃い霧が掛かることもあった。ホテルに到着したのは午後3時前。チェックインタイムには少し早かったが、すぐに手続きをすることができた。フロントは小さく、落ち着いた雰囲気があり、この場にいる限りはスケールの大きさを感じることはない。客室へは若いベルガールが案内してくれた。フロントからシンボリックなロビーに進むと、そこは村野藤吾ならではの世界。まっすぐにのびる通路、無数のアコヤガイを張り詰めた丸みのある高い天井、そして両脇にいくつも設けられたチャーミングなシッティングスペースとショーケース。すべては緻密に計算されており、スタティックなテイストの中に限りない美意識が息づいているのが感じられる。

さらに進むと階段がある。その階段を歩いて下りるようベルガールに薦められ、ベルガールはカートがあるので脇にあるエレベータで階下に下りた。そこから連絡通路は二手に分かれ、それぞれの棟へと通じている。円筒形の棟に差し掛かると、今度は小さなエレベータで客室階へ。フロントから客室まで、結構な距離があったが、歩く度に小さな発見があり、その道のりは決して退屈ではない。

今回は本館の中でも数少ない富士山を望むタイプを選んであった。なので、部屋に入って、真っ先にバルコニーへと出てみたが、やっぱり残念。雲に覆われて富士山を見ることは出来なかった。だが、もうひとつの客室棟との間にある中庭や、ホテル専用の桟橋が眺められる。芦ノ湖はまるで墨絵のようだ。対岸の山は、空と滲んで溶け込んでいる。気が付けば、雨はほとんど止んでいた。時折湖上を遊覧船が通過する。船が行ってしばらくすると、波が寄せて桟橋がきしむ音が聞こえる。その時以外は、実に静かだ。

さてと深呼吸でもしようかと空気を思い切り吸い込んだら、あらゆる食べ物が混ざったようなにおいが鼻をついた。どうやら階下にあるレストランの厨房から伝わってくるらしい。こうなると、少し風でも吹いて欲しくなってくる。そして、室内は蚊取マットの独特なにおいが染み付いている。これまた困ったものだ。

外観には凝った意匠が数多く見られるだけでなく、湖畔の風景にまことによく馴染んでいる。そして、室内インテリアも実にユニークだ。面積は38平米。窓にはカーテンが取り付けられたスライディングドアが設けられており、そのカーテンの柄が強烈なアクセントになっている。このカーテンは扉に固定されているわけではなく、カーテンを寄せれば木目のルーバーが出現するので、これらの調整だけでも、室内の雰囲気を様々に変化させられる。

ベッドは125×190センチサイズで、高さは38センチと非常に低い。マットレスは使い古されてヘタッており、寝具は毛布と、時代に遅れている。ベッドボードが収納も兼ねており、ベッドの位置も自由に調整できる。デスクユニットにはテレビ、スタンド、お茶のセットが載り、下部は収納になっている。窓際のコーナー部分に、ローテーブルを挟んだソファが置かれ、肘掛にカバーが掛かっているのが印象的だ。イスもベッドも低くデザインされているので、270センチの天井がより高く感じられるだけでなく、不思議な落ち着きが生まれる。

ベイシンはデスクの並びに居室との連続性を持たせて設置されており、居室との間はスチールの柄入りパーテーションとカーテンとが仕切り役になっている。ベイシントップには大理石を使い、スツールを添えてドレッサーとしても使えるようにしている。バスルームは窄まった入口近くにあるので、3平米以下のやや窮屈な造りだ。140センチのバスタブの周囲はタイル張りで、その脇のトイレ付近は柄入りのクロスで仕上げている。床はリノリウムで、少々味気ない。

入口のすぐ脇には冷蔵庫があり、ソフトドリンクが200円など手頃な値段だ。無料のドリップコーヒーもある。入口の正面にクローゼットを配置したので、廊下から居室が見えないようになっているのがいい。アメニティはポーラのアロマエッセ。タオルは3サイズ揃い、バスローブも備える。ルームサービスは夕食のみの営業で、セットメニュー9,000円、シーフードカレー4,000円など、高い上に品数が少ない。氷も有料だ。

このホテルには温泉大浴場があり、自家源泉の蛸川温泉の湯が楽しめる。だが、本館から行くには場所がわかりにくい上に遠く、しかも屋根はあるものの屋外を歩かなければならず、夜は寒かった。そして、脱衣場やシャワールームは狭くて、なんとなく薄汚い感じ。まるで市民プールのような雰囲気だった。湯船は大きくて湖を望むいいロケーションだが、消毒薬の臭いがきつく、あまり温泉のありがたみがない。また、洗い場がないので、ただ湯に浸かっておしまいという味気ない施設になっている。これが失敗だったことは認識しているらしく、春までの改装中に改善を図るとのことだ。

朝食はレストラン「サクラ」でのブッフェだった。和洋揃うが、どちらかというと和の方が充実している。と言っても全体に質は低く、美味しいとは感じなかった。入口で朝食券を渡すだけで、席に案内すらしてくれない。自由席だというのだ。コーヒーを含め、一切がセルフサービスで、係がすることは下げ物だけ。これではサービスなど無いに等しい。だが、内装は興味深かった。天井まである大きな開口部からは緑豊かな風景が眺められ、レンガの壁と馬のカタチをした照明器具がメルヘンチックな雰囲気を感じさせる。

たった1泊だったが、湖畔で過ごすひと時には十分心が安らいだ。だが、軽井沢のような高品位なサービスにはついに触れることができなかった。2007年の春にリニューアルオープンする時には、一層のサービス充実が図られることに期待したい。

 
スライドドアに取り付けられたカーテンがユニーク デスク周辺 窓際のシッティングスペース

デスクとベイシンの間にはパーテーションとカーテンがある 寝心地はよくないベッド ドレッサーを兼ねたベイシン

やや窮屈なバスルーム バルコニーからの眺め イスとテーブルのあるバルコニー

宿泊棟の外観 有機的なデザインだ 雨に濡れた芝に落ちた色とりどりのもみじ

本館フロントカウンター 新館のロビー 連絡通路のシッティングコーナー

連絡通路 レストラン「サクラ」 馬の照明器具

 
箱根プリンスホテル


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