囲炉裏端にくつろぐ夜 |
2006.11.14(火)
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里の湯 和らく むらさき | |
Sato-no-Yu Waraku |
楽-5
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地域一体となってのPR作戦が功を奏し、今やその人気が全国区となった黒川温泉。近くに鉄道の駅はなく、車やバスを利用してアクセスするしかない不便な場所にもかかわらず、連日大勢の人で賑わっており、約25軒ほどある宿は予約が取りにくいほど混雑している。今回は紅葉シーズンと重なり、連泊で取れる宿はすでに残っていなかったため、1泊ずつ別の宿を予約した。
阿蘇から黒川へはバスを利用した。路線バスではあるが、車中には観光案内テープが流れ、ちょっとした観光バス気分。そのテープの口調が昭和の時代を感じさせ、聞いているとなかなか面白い。むかしむかし、阿蘇は大きな湖で、その湖の出口を大きなナマズが塞いでいたのを、ねんごろに諭してどかしたとか、熊本からもらってきた3匹の鯛を、とりあえず1匹食べてみたらあまりに美味しかったので、増やそうと思い残り2匹を畑に植えたとか、おもわず吹き出したくなるような話が聞ける。昔はそれほどの山奥で、麓まで出向くにも日帰りは出来なかったという。 黒川温泉のバス停は、ここが一大温泉テーマパークのゲートウェイとは信じがたいほどに小さく佇んでいた。周辺にはガソリンスタンドがあるだけで、他には何もない。バス停には各宿からの迎えが来ており、ここに降り立った客たちはそれぞれの車に乗って散ってゆく。 この日の宿「里と湯 和らく」までは、宿の車で5分程度だった。一休.comから予約を入れたのだが、すぐに宿からの確認メールが届いたり、数日前には直接電話があって料理の希望や到着予定などを尋ねるなど、一組ごとに丁寧な対応をしている印象があり、出かけるのが楽しみになっていた。迎えの車の中でも、運転している宿のスタッフと和やかな会話が弾み、しらずしらずのうちにリラックス感が深まってゆく。今日は思い切りくつろげそうだ。 かやぶきの門を抜け、小路を進むと母屋の入口がある。格子の引き戸をガラガラと開けて中に入るとき、自然に「ごめんください」と言葉がでるような雰囲気。新潟にあった築180年の民家を移築したというこの母屋でチェックイン手続きが行われ、そのまま部屋へと案内された。母屋から部屋へは、石の階段を下って、小さなせせらぎを越えていく。すると客室がせせらぎに沿って集落のように並んでおり、各部屋の玄関前にはベンチが据え付けてある。 今回利用した客室は「むらさき」という名前がついたAタイプの部屋。この宿にはA、B、Cの3タイプの部屋があるが、いずれにも源泉掛け流しの温泉が備わっている。B、Cタイプは露天風呂付きだが、シャワーがない。その点、2室しかないAタイプは内湯ながらシャワーが備わり、全体の面積的にも最も広くなっている。室内は古民家風で、かつての生活感を偲ばせる造りだが、建物自体は新しく清潔感がある。 玄関を上がると板敷きの廊下になっており、奥に進むと同じく板敷きの居間に続く。天然木の自然な造形が見られる梁や高い天井、そして中央に設置された囲炉裏が風情を醸している。残念ながら囲炉裏に火は入っていなかったが、テーブルを囲むのではなく、並んで座卓に座って語るというのも、顔を直視しない分、いつもは言いにくいことも自然と言葉に出来るようなチャンスを作ってくれた。片隅に据えられた民芸調の家具には、液晶テレビや金庫などが収納されている。しかし、携帯の電波すら入らない山里で、テレビをつけるなんて無粋なことはやめておこう。 寝室は10畳の床の間付き和室で、隅に小さな鏡台があるだけのシンプルな空間。窓からは宿の裏を流れる小川と草原を見ることができる。唯一残念なのは、照明が蛍光灯であること。もっとぼんやりした明かりを灯せば、一層雰囲気が増すに違いない。夕食の間に寝具の支度をしてくれるが、翌朝はチェックアウトまでそのままにしておいてくれるので、マイペースで過ごせる。 室内の浴室もまた素晴らしかった。十分に広い脱衣室には、鯉の柄の焼きものを使ったベイシンがあり、ここにも風情ある佇まいを感じる。引き戸を開けると、窓辺に石造りの浴槽が置かれ、24時間、絶え間なく源泉が注ぎ込み溢れ出ている。源泉温度は98度Cと高温だが、細々と注がれているので、いつでも適温での入浴が可能だ。浴槽の脇には、スノコを敷いた洗い場があり、気ままにゆったりと湯を楽しめるのがいい。露天風呂の開放感も魅力的だが、この内風呂の雰囲気は格別だ。 客室外にも、3箇所の浴場が設けられている。この内風呂をふたまわりほど大きくしたような「山月湯」、せせらぎを感じながら開放感に浸れる露天風呂「奥のせせらぎ」、洞穴にいるような気分が味わえる「穴湯」、それぞれに趣きが違うので、ぜひ3箇所とも入浴してみたいもの。 食事は母屋にて提供される。母屋にはそれぞれの客室に対応した半個室風食事処が用意され、テーブルとイスで食事ができるので体勢が楽だ。テーブルの中央には囲炉裏があり、こちらには炭で火が入っている。山海の味が揃い、一品ごとにタイミングを見計らって運ばれてくる。郷土色が感じられ、量的にもたっぷりだ。料理人はオーベルジュにいたこともあるらしく、日本料理をベースにしながらも、スタイルに固執しない自由な発想の料理が楽しめる。朝食も同じ場所で。1杯の牛乳からスタートする、ユニークな和風朝食だった。 母屋のショップで手拭いと絵葉書を買ってチェックアウト。これから黒川の街を見て回ると言うと、料理人が車で中心にある組合事務所まで送ってくれることに。本当は連泊したかったが、予約が取れなかったので、今日は「壱の井」に泊まるという話をすると、組合事務所で降ろしてから荷物を「壱の井」に預けておくと申し出てくれた。それはありがたいと喜ぶと、「お安い御用です!」と一言。なんとも気持ちがいい。深くお辞儀をして見送ってくれた後、振り返れば、重い荷物を抱えて小走りに細い坂道を上がっていく料理人のうしろ姿があった。 |
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里の湯 和らく |
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