2005.12.24.(土) |
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志摩観光ホテル Standard Room Shima Kanko Hotel |
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楽-4 時のない海 | |
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名古屋駅から乗車した近鉄特急伊勢志摩ライナーはガラガラだった。座席には十分な余裕があるのに、乗客はある場所に固まって座らされるように座席指定されている。端から順番に販売するシステムなのかもしれないが、せっかく空いているのなら、もっと間隔を持ってゆったりと過ごしたいものだ。また、車内販売がないというのも観光列車としてはいささか寂しいものがある。
賢島駅から志摩観光ホテルまでは徒歩でも5分程度だが、送迎バスが出ていて2分で到着できる。メインエントランスを入ると、左側にこぢんまりとしたフロントカウンターがある。ロビーの天井は大和張りで、中央には宙に浮いたような意匠がユニークな2階へと続く階段が印象的だ。落ち着いた内装だが、細部を見るほどに味わいを感じさせる。 チェックインはスムーズに行われ、部屋まではベルガールが案内してくれた。志摩観光ホテルは、何度も増改築を繰り返しているので、構造が複雑だ。本館、東館、西館など、雰囲気が異なるいくつかの建物が寄り添っている。今回用意されたのは東館のスタンダードルーム。東館は木造建築だ。独特の落ち着きがあり、所々歩くときしむ床にも年季を感じる。 部屋そのものはシンプルな造りだが、村野藤吾のテイストがかすかに香る。部屋は2階ということだったが、窓の外には石を敷いたテラスがあり、その向こうには庭が地続きに広がっている。窓側は開口部を大きく取り、テラスへと通じる開き戸の両脇に、2面の小窓。ベッドは115センチ幅が2台並び、デュベカバーによるベッドメイク。窓際のテーブルには、和菓子と冷水が用意されている。 観光ホテルだが、温泉や大浴場の設備はないので、客室のバスルームは重要だ。バスルームは約4平米で、タイルと石を使い立派に造ってある。シャワーの水圧は十分だが、デザイン的にはやや扱いにくかった。タオルは3サイズ揃うが、いずれも薄いもの。アメニティには面白みがなかった。 部屋で一息ついたところで、まずは館内を散策してみた。面白い施設があるわけではないが、建築の意匠を見て回るだけでも十分に興味深い。とりわけ、1937年に開業してわずか6年間営業しただけで解体された、幻の比叡山ホテルが、鈴鹿の海軍将校クラブを経て終戦直後にこの地に移築されたという東館は、昔の面影を残していて見ごたえが十分。1969年まで使用されていたという古いフロントや暖炉がかつてを偲ばせる。力強い丸太材の柱梁と整然とした木製照明器具のコントラストは、当時と変わらず斬新な建築美を放っている。 なだらかな斜面に整備された庭園には様々な樹木があり、花をつけているものもたくさんあった。湧水が池をなし、鯉がのんびり泳いでいる。芝はきれいに刈りそろえられ、樹木の剪定にも手抜きがなく、枯葉一枚落ちていない。真冬だというのに、日差しが暖かく感じられた。これだけ気候が温暖なら、周辺にスペイン風の施設がいくつかあるというのもうなずける。館内にも至るところに様々なイスが置かれていて、思い思いにくつろいだり、陽だまりにまどろんだりすることができる。アクティブ派には退屈なホテルかもしれないが、時間の流れを限りなく遅くし、スローな滞在を味わわせてくれる。 館内には4軒のレストラン・ラウンジがある。メインダイニング、和食堂、テラスレストラン、ラウンジと揃うが、軽食を出す店がない。もっとも手軽な店がテラスレストラン「ブーケ」だが、ランチタイムのみの営業だ。日替わりランチは2,500円、季節限定カキフライランチが4,000円、アラカルトもあるが割りと高額。せっかくなのでカキフライを注文した。的矢産のカキは新鮮で美味しかった。小さい野菜スープ、パン、サラダ、コーヒーが付く。布のクロスやナプキンに、クラシカルなサービスなど、相応の価値はあるのだが、あまり気軽に利用するという感じでもない。 夜になってもパブリックスペースは静けさを保っていたが、メインダイニング「ラ・メール」は混雑を見せていた。広い店内には、特徴ある荒々しい板張りの天井から、4種のデザインのシャンデリアが何基も下がっていてエレガントだが、蛍光灯の間接照明が明るすぎて、全体が白々としてまるで銭湯の脱衣場のような印象も。 窓からは英虞湾を眺められるが、夜ともなるとほとんど真っ暗だった。客層は様々で、カップル、ファミリーだけでなく、一人旅で訪れている人が少なくないのが意外だった。 鮮度が物言う食材は産地で食べるのが一番。新鮮な伊勢海老や鮑を大胆に使った名物料理で、一度は食べてみたいと人々の憧れの的にもなっているレストランだけに、満席の賑わいも納得。サービスは腰が低いが、感じとしては宴会のサービススタイル。一見すると人手不足に思えるが、タイミングを逃すことはなく、手馴れた感じでお見事だった。名物の鮑は、素材がいいのだからまずいはずもないが、適度な歯ごたえがある独特の食感は忘れがたい。シンプルなこがしバターソースの香りが、鮑のうま味を引き立てている。 朝食もメインダイニング「ラ・メール」で提供される。朝一番の時間に出向いたが、すでに先客が多数いて窓際は埋まっていた。プランに付いてる朝食の内容はあらかじめ決まっていて、飲み物くらいしか選択の余地はない。あくまで洋食なのだが、和洋折衷風の一皿もあって面白い。だが、料理はすべて作り置きで、温かいはずのものも、冷蔵庫から出してきたばかりというような状態にはガッカリ。朝食にも手を抜かないで欲しい。 朝食後は再度庭園を散策した。朝日に輝く花々やうっすらと被った霜など、午後と違った雰囲気があった。長い階段を降りて、入り江の海岸まで行ってみた。まるで湖面のように静まり返ったインディゴブルーの海は、時が止まっているとしか思えない美しさ。水は澄み、たくさんの貝がいるのが見える。短い時間だったが、ノイズとは無縁の風景に溶け込んで過ごし、フロントに戻った時には別世界から帰還したような気分になった。 チェックアウトも丁寧に行われた。駅までの送迎バスは特急電車のダイヤに合わせて運行される。バスが出発する際には、マネジャークラスが玄関に出て深々とお辞儀。バスが見えなくなるまで見送っている姿が、今でも目に焼きついている。 |
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[志摩観光ホテル] |
Y.K.