2005.12.03.（土）

それでも、バスの長旅は確かに疲れる。それを癒してくれたのは、現地の人々が公演会場に差し入れてくれた郷土料理の数々だった。楽屋前には煮物などの手料理と、この地で採れた果物が並べられ、出演者やスタッフが集まって、開演前なのに打ち上げパーティーの和やかさ。これで酒が加われば完璧だが、さすがにそうはいかない。おふくろの味に、誰もが心癒されるひと時だった。

無事に演奏会を終え、ホテルに着いたのが21時半。チェックインを済ませるなり、共演の女性陣は街に繰り出すと言う。誘いを受けたものの、片付けなくてはならない作業が残っていたので遠慮することにしたが、せめてと思い店選びには協力した。相談に乗ってくれたフロント係は、とても親切で感じが良かった。希望を伝えると、地図を取り出して詳しく説明して、更に電話で予約を取ってくれる。ここまですれば、立派なコンシェルジュだ。客の名前をよく覚え、誰にでもにこやかでさわやかな対応をしている。

客室は狭かった。10平米程度だろうか。シンプルなインテリアだが、清掃は行き届き、清潔感が損なわれていることはなかった。壁にピッタリと付いた120センチ幅ベッドに、まくらはひとつ。デスクにはスツールが添えられているだけで、部屋の中に背もたれのあるイスはない。テレビはカード、コイン併用式で、100円玉を投入して有料チャンネルを観られる懐かしいシステムだ。LANは全室に備わり、無料で使える。電磁式湯沸しはあるのだが、冷蔵庫はない。窓にカーテンはなく、横にスライドする襖風の遮光扉を使っている。窓を開閉することも出来るが、ここでも近所の清川に大量発生しているてんとう虫に注意するよう案内があった。

客室のバスルームはコンパクトなユニット式で、洗浄機能付便座は備わっていない。タオルは大小1枚ずつで、アメニティはビジネスホテルとしての標準的な品揃えだった。だが、客室のバスルーム以外にも、別館地階に大浴場がある。男女別にはなっておらず、基本的には男性用なのだが、女性が利用する場合は、フロントに申し出れば、使用中は貸切にしてくれるという。まずは大浴場でさっぱりしようとフロント前を通りかかった時のこと。先程、熱心に飲食店を手配してくれた係が慌て声を掛けてきた。

彼が言うには、女性陣のために店に予約を入れ、場所を説明して送り出したが、かれこれ30分経つのにまだ到着していないと店から連絡があったらしい。夜道なので、迷いでもしたのか、はたまたよからぬことでも起こったのではないかと、大層心配そうだ。とりあえず携帯に電話を掛けたが、誰の携帯に掛けても圏外にいるというアナウンスだ。そこへプロデューサーも降りてきて、騒ぎは一層大きくなった。とにかく手分けをして近所を探そうということになり、寒くてひと気のない通りを探して歩いた。

だが、それからしばらくしてから、女性陣はほろ酔い気分で戻ってきた。どうしていたのかと尋ねると、店に向かう途中、ヨン様のポスターがびっしり貼ってある韓国料理店が目に入り、思わず吸い込まれてしまったのだとか。店が地下だったために連絡がとれなかったが、そんな騒ぎになっているとは思いも寄らなかったらしい。こんなことなら、やっぱりついて行けばよかったのかも。

一件落着したので、大浴場へ。ホテルの稼働率は結構高いようだが、大浴場は終始貸切だった。温泉ではないが、浴槽の中にはカメがあって、そこから湯が湧き出ているようなイメージ。湯も清潔でとても気持ちがよかった。洗い場に設けられた石の腰掛もユニーク。どことなく趣のある大浴場は、ひなびた温泉宿を思わせ、遠くへ来たんだなぁという旅情をかき立てる。

朝食は1階のレストラン「ぶう太郎」にて。前日の差し入れ同様に、ホテルの朝食にも素朴なおふくろの味が並ぶ。煮物、漬物など、見た目の色などは良くないのだが、手作りで懐かしい味だ。飾らず、見た目だけにとらわれず、素朴であるがゆえに損なわれることのないエッセンスが、この小さな町のビジネスホテルには息衝いていた。

[ホテルオオハシ飯田]