鹿児島空港からリムジンバスで1時間40分。結構な道のりだが、海沿いの一般道に出てからも渋滞はなく、時折り見え隠れする海を眺めているうちに指宿駅に到着。大半の客はそこで降りてしまったが、そのまま乗車していればホテルまで連れて行ってくれるし、ホテルより先にもまだ停留所があるようだ。
駅を出る時に、バスの運転手から「ホテルまでかな?」と尋ねられたので、軽くうなずき返した。それから10分ほどして、バスはホテルの敷地内に入った。今度は「泊まりかな?」と尋ねられたが、運転手は運転中だったので、声をだして「はい」と答えた。「じゃあ、ちょっと待ってね」と本来の停留所ではなく、ホテルの正面玄関につけてくれた。東京を出てから3時間半。この日は素晴らしい天気に恵まれていたが、仮に雨が降っていたとしても、屋根のある場所だけを通ってホテルまで到着することができるので、傘は必要ない。
昼を少し過ぎたばかりのホテルロビーは、驚くほど閑散としていた。そして、この風変わりな雰囲気は、何と表現したらいいのか言葉が見つからない感じだ。古めかしいというよりも、いろいろなテイストが混ざり合って、テーマがわからなくなっているインテリア。昼でも薄暗い空間なのに、ほとんど点灯していない照明。それはテレビでしか見たことのない北朝鮮の施設にも通じるものがあり、ある意味とても新鮮に見えた。
長いフロントカウンターには、2人の係がいたので、チェックインが出来るか聞いてみた。手続きはスムーズに済んだが、部屋への案内は14時以降になるとのこと。昼食がまだだったので、荷物を預けて館内で食事をすることにした。だが、荷物を預かるということに、このホテルはあまり慣れていないようだった。カートに載せたまま、ロビーのど真ん中に放置しておこうとするので、どこか人が勝手に触れない場所に置いておいて欲しいと頼まなければならなかった。
館内は広く、複雑な構造をしている。そして、レストランや各施設があちこちに分散しているので、目当ての場所に行き着くのも大変だ。フロント係に、この時間に食事のできる店を尋ねると、「お好み膳・和献洋菜」というランチにしか営業しない店を紹介された。行ってみると200席もの大きなレストランで、窓からはこれまた大きな屋内イベント広場を見下ろす。係に聞くと、コンサートなどのイベントの他、結婚式にも使っているとか。なんとなく、昔のアイドルのコンサートを思い起こさせる空間だった。食事は、うな丼を注文。1,260円でボリュームたっぷり。しかもなかなか美味しいどんぶりが食べられ満足した。
食事の後は、複雑な館内を探検しながら、施設を確認して歩いた。実際に歩いてみると、本当に広い。結局隅々までは見て回れないまま、フロントに戻ってルームキーを受け取ることにした。客室までは係が案内してくれる。遠い客室だと、案内するだけでも往復10分くらい掛かるだろう。
今回用意された客室もフロントから割りと遠かった。外見が原子力発電所を彷彿とさせるエレベータを経由して、長くて広い廊下をひたすら進んだ先に部屋がある。ある廊下はウイング同士を結ぶブリッジのような役割をしており、両側がガラス張りという珍しいもの。存在感のある厚手のレースカーテンが下がり、ところどころに置かれたソファは、昔の邸宅の応接間にあった家具を思い出させる。
今回の部屋は高層階のタワーツイン。32平米という面積は、スタンダードルームと同じだが、タワールームでは内装がグレードアップし、眺めがいいらしい。部屋に入った瞬間、古い設備独特の湿ったような臭いがするが、中に入ってみると清掃はきちんと行き届いており、家具もしっかりとしているものを揃えている。そして、まずはバルコニーに出てみた。バルコニーには植え込みが設けられていて、イスとテーブルも用意されている。その眺めは実に素晴らしく、紺碧の海や対岸の山々を望み、その表情を刻々と変えてゆく。また、ホテル敷地のガーデンやパームツリーの林を見ることもでき、見る方角によっては、まるでバリ島の森の中のようにも感じられるから不思議だ。
この眺めさえあれば、部屋の中などどうでもいい気分になったが、それでも室内を一通りチェック。デスクやテレビのユニットはコンパクトにまとめられていて、でしゃばらないように隅に寄せられている。ベッドはかなりヘタッているが、ベッドボードのデザインのお陰で、自由に位置をずらせるのがいい。
バスルームはユニークなデザインだ。配置的にはバスタブ、トイレ、ベイシンが並んだよくあるレイアウトだが、バスタブにはシャワーカーテンの代わりにガラスの仕切りを設け、スタイリッシュなベイシンの脇には部屋に向けて開放できる小窓がある。タイル張りで清潔感もあり、バスタブ上の白熱ダウンライトとベイシンの蛍光灯とは、スイッチが別々になっている。だが、大浴場が自由に使えることもあって、室内のバスルームは結局使わなかった。
部屋から眺めた海を、もっと近くで感じたいと思い、早速外に出てみることにした。ロビー階からは、ホテル棟のウイングに囲まれるようにして設けられた中庭に出られる。そこは高低差のある設計になっていて、せせらぎとともに様々な南国の植物が植えられ、花々も咲き乱れている。そのまま低い方に歩いていくと、傾斜のあるガーデンに通じていて、そこは手入れの行き届いた芝で覆われている。海岸まで至る途中には、人工ビーチのようなプールや、鯉のいる池などがあり、歩いてみたり、立ち止まってみたり、また、そのまま芝に座ってみたりと、思い思いに時間を過ごすことができる。
海岸にはパームツリーが並んでいるかと思えば、日本的な枝ぶりの松が生えていたりもする。古びたトンネルや、人のいない晩秋の海は、なんともノスタルジックだ。更に敷地内を歩くと、椿園、つつじ園、アスレチック公園などがあることに気づくが、これらはまったく手入れされておらず、かなり荒れていた。だが、サッカーのフィールドやゴルフ場は素晴らしく手入れされていて、芝がまぶしかった。
これほどスケールの大きいリゾートで、しかも週末だというのに、どうして人がいないのだろうかと思っていたら、夕方になって続々と客が到着し始めた。車で来る地元九州の人、遠方からバスで来る団体、そして、ゴルフ目当てのアジア系外国人たち。日が暮れる頃には、先程までの静けさは何だったの?と思うほどの賑わいになった。
夕食はスカイレストラン「Taste of Dreams」を予約してあった。ホテル棟の最上部に位置し、外見上はまるで回転展望レストランのように見えるのだが、残念ながら回転はしない。この店には1基のエレベータでしかアクセスできないのが不便。パステルグリーンのテーブルクロスに、仄かな光を放つキャンドル。ワイドな窓からは指宿全体を一望するが、その眺めの大半は海なので、まるで客船のダイニングにいるような気分が味わえる。
サービス陣は蝶ネクタイを締めているし、セッティングも一応ファインダイニングらしくかしこまっているのだが、温泉リゾートだからか、浴衣にスリッパ姿の客も多かった。また、テーブルで慎むことなく大声で携帯電話を掛ける客がいて迷惑だった。だが、料理は想像以上によかった。エスカルゴに始まり、濃厚なキノコのクリームスープ、さっぱりとしたホタテとハマグリのブイヤベース、鹿児島牛のステーキ、サツマイモのスフレと、地元産の素材を活かしたオーセンティックなフランス料理だった。
食後には、カジノバーがあるというので、ウキウキしながら行ってみたが、そこはただのゲーセンだった。ややガッカリしつつ、通り道のショッピングスペースで土産物を見ることに。蛍光灯のやけに明るい照明と、ダサいディスプレイ、そして何と言ってもどえらく広いスペースは、異国情緒満点だ。品物の説明も中国語と韓国語が添えられているし、店員のオバちゃんたちは外国人相手に片言の中国語や韓国語で接客しているので、それを見ているだけでも面白かった。
その後は、いよいよ指宿名物の「砂むし」を体験。受付では元気のいいオバちゃんが、砂むしの入り方を客が来る度に丁寧に説明している。結構複雑な仕組みなので、初めて説明を受ける側には集中力が必要だ。いったい一日に何度説明するのか知らないが、オバちゃんも大変だろう。喉が枯れそうだ。
専用の浴衣に着替えて、いざ岸壁に設けられた砂むしの床へ。すでに大勢の先客がいたが、係のおじさんに言われるがままに横たわると、スコップで砂をシャカシャカと体全体に掛けられる。湿っているので結構ずっしりと重たい感触だが、思っていたほど熱くはない。あとは、ひたすらじっとして汗が出るのを待つばかり。オープンエアの砂むし場は、打ち寄せる波の音が間近に聞こえ、見上げる空には月や火星、プレアデス星団などがくっきりと見えている。開放的なリラックス感だ。
適度に汗をかいたと感じたら、自分の判断で起き上がって、すぐそばにある露天の上がり湯に浸かって砂を落とす。この爽快感は格別だ。これに味を占め、日の出を見られる時間に再度利用することにした。
深夜は、周辺の客室が騒々しかった。韓国からゴルフに来ている人たちが、ある部屋に集まって飲んでいる様子。彼らはただでさえ声がでかいのに、酔うと一層大声になる。韓国の人はみんなヨン様みたいに上品なのかと思ったらとんでもなかった。そんなわけであまり眠れなかったが、早起きするのは苦ではなかった。空が少し明るくなったタイミングを見計らって砂むし場に出かけたが、考えることは皆同じ。砂むしをしながら日の出を見ようと、すでに多くの客が来ていた。
だが、案内された砂むし場は、前の夜とは違って岸壁よりも陸地側の一段下がった場所にあるテントの中だった。これでは朝日はおろか、何の景色も見られない。ビニールハウス育ちの野菜みたいな気分だった。そして、来る客はみな口々に不満を漏らしていた。係の人が言うには、今朝は強風のため、テントを使っているとのこと。風などそれほど強くはないのに。
でも、露天の上がり湯なら日の出が見られると思い、少し早めに砂むしを切り上げ、上がり湯に入った。すると、すぐにご来光。空気が澄んでいるのか、まぶしいばかりの太陽は神々しいほどで、パンパンと手を合わせて拝んでいる客も多かった。その後は温泉大浴場に移動して入浴三昧。そこの露天風呂も錦江湾を一望して素晴らしかった。
朝食はブッフェ。和洋揃うが、圧倒的に和の方が充実している。さつま揚げ、きびなご、山川漬けなどの名物が食欲をそそる。9時にはお名残り惜しくチェックアウト。フロントは空いていた。ホテルから指宿駅まではタクシーで5分程度。鹿児島まで「なのはなDX」に乗車したが、結構混雑していた。ローカル線を走る気動車での、のんびりした旅もまた味わい深い。
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