1回目の滞在時には、ふたつの印象が交錯し、その実像はつかみきれなかった。オープンしたてにしては、丁寧で落ち着きのあるサービスぶりが熟練を感じさせ、好印象だと思う場面。反対に、単に高級ぶっているだけで、基本すらおぼつかないと感じさせ、がっかりさせられる場面。後者ばかりではもはや救いようはないが、そうとばかりは言い切れない。高級感のある快適で広い客室に相応しいサービス体制ができつつあることを期待して、再び宿泊することにした。
だが、今回は到着から大きく躓いた。1階のエントランスホールには、ベルキャプテンデスクがあり、数人の係が常駐するが、客が見るからに大きな荷物を持っていても、積極的に声を掛けることはしない。デスクの回りでたむろしているだけで、こちらを見ているのに「いらっしゃいませ」と声を掛けるでもなく、ただにやにやしている。そんな状態なら係を置かず、一層のこと「ご用の方はベルを押してください」とでも掲示して、別の意味でのベルデスクにしたらいい。
28階フロントでもスムーズとは言えない対応だった。荷物を持ってフロントに差し掛かると、カウンターの外にいる係から「ご宿泊ですか」と声をかけられた。頷くと「チェックインは午後3時からです」と言われた。口調は恭しいが、なんとなく意地悪に思えた。「手続きだけでも」とカウンターに立つと、別の係が端末を操作して予約を確認。「お部屋はご準備できておりますので、37階のエグゼクティブラウンジでお手続き下さい。」とのこと。
最上階にあたる37階は、ひときわ天井が高くなっており、廊下ひとつをとっても他のフロアと比較して圧倒的な開放感がある。エグゼクティブラウンジは、高層ビル群側に面しており、ファッションビルのカフェラウンジのような感じの空間だ。大きなローテーブルを囲むソファコーナー、暖炉の前にあるレザーソファコーナー、朝食やスナックに便利なベンチシートと高めのテーブルのコーナー、それにロマンチックな窓際のコーナーとに分けられ、目的や気分に応じて、好みの場所でくつろげるようになっている。
ラウンジ内にはオープンキッチンが設けられ、カクテルアワーや朝食時には料理人が立ってサービスに当たる。カクテルアワーには、日替わりでホテル内レストランのシェフが腕を振るったオードブルが並び、目と舌を楽しませる。チェックインなどを行うカウンターはラウンジ入口脇にあり、常駐する係が手続きの他にもあらゆる用件の窓口となる。
チェックインそのものは、丁寧に行われた。担当した若い男性も、生真面目で大変感じがよかった。台湾人だという女性の係は、とても明るい性格で、客の名前をすぐに覚えては、客の役に立とうと積極的に振舞っている。一見、非常に優れたチームワークを発揮しているようにも見えたが、いくつかの質問をするうちに、実態が浮き彫りになってきた。
どんなホテルにも、パンフレットやサイトを見ただけでは把握できないサービスが多数ある。例えば、ここコンラッド東京の場合、フィットネスの利用料金がいくらなのか、LANがいくらなのか、レストランの料金体系はどんな感じなのかといった値段に関することや、どんなタイプの客室があり、それぞれにどんな特徴があるのかといったことなどがよくわからない。また、ヒルトン系であるコンラッドでもHHonorsのメンバーには特典があるが、その内容がどんなものか、まったくもってわからないので尋ねてみた。
だが、尋ねる相手によって、皆それぞれ違ったことを言う。それが微妙な差ならまだしも、180度違うようなことも平気で言うのだから困る。ダイヤモンド会員には朝食がサービスになるとかならないとか、客室をアップグレードできるとかできないとか、言うことがまるで支離滅裂なので、実際のところはどうなのかはっきりして欲しいと頼むと、デスク越しの係は上司に電話を掛けて確認し始めた。
受話器の向こうから聞こえる声から察するに、上司というのはどうやら若い女性らしい。説明を求める若い係に対して、随分ときつい口調でまくし立てているのが、こちらにもはっきりと伝わってくる。また、その上司は目の前に客がいて、自分の声の大きさゆえにそれがすべて丸聞こえだとは気づかず、客の上に立ってののしるようなことまで口にした。
それを聞いているうちに、事の本質などどうでもよくなってしまった。客の耳には絶対に聞こえてはならない会話を聞いてしまった以上、黙っているわけにはいかなかった。受話器を置いた係に、「今の会話をすべて聞いてしまったけれど、あなたは彼女の言葉をどう思いますか」と尋ねた。すると、彼は一瞬凍りついたように固まって、緊張した面持ちで「申し訳ございません」と深々と頭を下げた。
彼の無知も褒められたものではないが、諸悪の源はそこにはない。客を客と思わない上司に、どうしても一言伝えたいと思い、直ちにこの場へ来るよう伝えてもらった。だが、こうした場合には、直ぐに顔を出す方が珍しく、大抵の場合は待たされて、その間にも怒りが増幅するというのが常だ。案の定、彼女が現れたのは15分後だった。
彼女は言い訳することなく、ひたすら詫びていたが、勝気な性格はすぐさま塗り替えられるはずもない。話を本題に戻して、皆がちぐはぐなことを言っているサービス内容について、責任者としての見解を問いただしたところ、ひとつ明らかになったのは、開業間もないためにサービス内容の見直しが相次ぎ、徹底が追いつかずにいること。なるほど、それは前回滞在時にも感じた連携の甘さに通じる。だが、彼女の言葉の多くは姑息だった。話すそばから辻褄が合わなくなり、どんどん説得力を失なっていった。
とかく海外で経験を積んだ日本人に、実務に長けていることが優秀さだと勘違いしている人が多い。数字をコントロールして、成績を上げるのも結構だが、日本のサービス業は客から信頼されてこそ成り立つことを忘れないで欲しい。また、客の側も、そうした数字のゲームに踊らされないよう、クオリティやホスピタリティをよく見極める目を養わなくてはならない。
さて、今回利用した客室は、長い廊下の最も奥に位置するジュニアスイートだ。高層ビルを望むシティサイドだが、その眺めは想像よりも開放的だった。もっとビルが迫っている感じかと思ったがそうでもない。夜になるととたんに暗くなるガーデン側よりも、眠らない街を見下ろすシティ側の方が、都会的かつ近未来的で面白いかもしれない。
客室は底辺の長いL字型をしており、ちょうど底辺が窓になる感じだ。レギュラールームの2倍の幅を持った窓は、客室の開放感を一層大きくしている。ちょうどレギュラールーム一部屋分がバスルームとリビングに当てられ、サイドに飛び出た部分がベッドルームになっている。バスルームとベッドルームの間にリビングがあるという点で、フォーシーズンズホテル椿山荘東京のエグゼクティブスイートにも通ずる設計だ。だが、リビングとベッドルームとの間に扉はなく、テレビパネルと格子で仕切られているだけだ。
最もユニークなのは10平米近い面積を割いたバスルームの造りだ。居室側の壁をガラスで仕上げ、これまでのバスルームにはない開放感と居室への連続性を持たせた。ガラス壁面にはパワーブラインドが備えられ、それを閉じれば外光と視線を遮断することが可能だ。バスタブはまるで床に置かれたもののように見えるが、浸かってみると一層不思議な感覚が味わえる。だが、カランからの湯が、バスタブ内壁の斜面に勢いよく当たるため、水流を弱めに調節しても周囲に思い切り飛び散ってしまう。カランがあと数センチだけバスタブに近ければこのようなことにはならなかったはずだ。
ベイシンは浅いボール型のものがダブルで設置されているが、片方は排水がほとんどできずに不調だった。ベイシンの脇にはアメニティと液晶テレビが備わる。赤いボトルに入ったアメニティは、都会の夜を連想させる甘く官能的な香りだ。だが、用意されたアメニティは一部が使用済みのものだった。独立したシャワーブースにはレインシャワーとハンドシャワーを設けている。トイレも完全に独立させた。
リビングにはどっしりとしたソファとローテーブル、窓際のラウンジチェアとコーヒーテーブル、スウィブルチェアとラウンドデスクが置かれており、特にラウンジチェアのデザインが気に入った。壁際にはサイドボードの役を果たすキャビネットがある。テレビや照明などは他の客室と同様のシステムになっている。
ベッドルームには2台のベッドが窓側に足が向くように並び、窓際にテレビの載ったキャビネット、その脇に小さなスツールとテーブルが置かれているというシンプルなレイアウトだ。全体に余計なものがないので、スッキリと感じられるし、床に十分なゆとりがある。前回利用したスイートよりも、全体の面積は狭いのだが、こちらの方が実用的で使いやすく感じられた。また、色合いは暖色系が多く使われ、前回のクールな色彩感よりも落ち着ける印象があった。
朝食はエグゼクティブラウンジを利用した。テーブルには布のナプキンが置かれ、その上に4本のカトラリーが載せられている。ナプキンを手に取るには、4本のカトラリーをどこかへ移動させなくてはならない。係に使いにくいと感想を述べると、カトラリーを使ってからナプキンを取ればいいと説教された。また、朝食をとるにはテーブルが小さすぎる。よほど頻繁に空いた皿を下げてもらうなどしなければ、落ち着いて食事ができない。ここもまた見た目優先だ。ショールームではなく、実用的なラウンジであることを忘れないで欲しい。
29階には充実した設備を誇るスパ&フィットネスエリアがある。雰囲気のいい個室トリートメントルームが10室、フィットネスジム、スタジオ、25メートル屋内プール、男女別のサウナやリラクゼーションルームなどで構成されている。ジムやサウナは宿泊客なら無料で利用でき、プールは別途料金が必要だ。そのため、プールはいつでも空いていて、床から高い天井まである窓から都会のダイナミックな眺めを楽しみつつ、ゆったりと泳げるのがいい。プールサイドには心地よいソファやミネラルウォーターが用意される。夕方以降は照明が抑えられて幻想的な雰囲気だ。
サウナとバスエリアは少々ガッカリした。バスエリアには一人ずつ使う小型のジャクージバスが4基設置されているが、中の湯がいつも汚れている。無数の髪の毛や垢が浮かび、不衛生な印象だ。これはなんとかならないものか。
2度目のコンラッド東京は、初回よりも印象を悪くするエピソードがてんこ盛りだった。だが同時に、キラリと光る感性でサービスに当たる係にも、多く出会うことができた。客をホテルのものさしに当てはめ、ブランドの威光に頼ってゆくのか、客本意の考え方で、ブランド力に更なる磨きをかけるのか、従業員の考え方次第で、今なら如何様にでもなるように感じられた。
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