世の中を騒がせた西武鉄道グループの事件で、プリンスホテルも揺れに揺れた。プリンスホテルが威信をかけて開業準備を続けてきた東京プリンスホテルパークタワーのオープンを目前に控えての混乱は、開業スタッフの気持ちを掻き乱したことだろう。だが、これまでオーナーの思いいれだけが優先されてきたプリンスホテルに、やっと現場の声が生かされるチャンスがやってきた。東京プリンスホテルパークタワーは、新時代を生き抜いていけるのか。その挑戦はまだ始まったばかりだ。
タクシーでホテルに向かったが、東京タワー側の進入路からアクセスすると、正面玄関に向かうにはバックヤードを通過しなくてはならない。初めて来たと言うタクシードライバーも「なんだか、ゴミ置き場みたいなところを通らにゃいかんのですねぇ」と印象悪そうだった。ほどなく正面玄関に着いたが、運悪くドアマンが不在だった。他に係の姿もないので、自分で重い荷物を持って館内へと進んだ。ここまで来れば、あとは楽ができると思っていたのに。
正面玄関を入ってすぐのことろに、長い行列の最後尾があった。直感的にチェックインの列だとわかったのでそこに並んだが、整列する係がいるでもなく、時折通るベルアテンダントからも「お待たせして申し訳ありません」などの言葉が掛かることもない。従業員の表情には「混んでいるのだから待つのは当然」というシグナルが感じられ、それが待ち時間を一層不愉快なものにしていた。いったいどのくらい待つのだろう。そこからフロントカウンターは見えないほど遠いようだ。
随分待って、6箇所あるチェックインブースのひとつに案内された。このホテルではチェックインもチェックアウトも座って行うらしい。係は「お待たせいたしました」と挨拶し、笑顔を絶やさず丁寧に手続きを行った。だが、まだ不慣れで要領が悪い。手続き中、何度か席を立って、裏の方に確認をしに行った。これも、列を長くしている原因の一つだろう。
客室へは、落ち着いた雰囲気の女性ベルアテンダントが案内してくれた。だが、途中で断りもなく他の係に荷物を引き継ぎ、その彼女はどこかへ行ってしまった。誰が案内しようと構いはしないが、一言添えるべきではないだろうか。引き継いだ係も、部屋まで案内すると、非常口や客室設備の説明をすることもなく、足早に帰っていった。混雑して人手不足なのはわかるが、これでは手を抜かれたという印象しか残らない。
あまりに忙しくて、掃除をする暇もないのか。部屋に入った印象はひどいものだった。汚れた窓、汚れた鏡、テーブルに残るグラスの濡れ跡、ヘッドボードに積もる埃などなど、とても客を迎えるために仕上げられたとは思えない。浴室金具や電話の受話器などは、子供が舐めたのだろうか、ひどくべとついていた。
電話で係を呼ぶと、しばらくして女性スタッフがやってきた。一通り状況を説明すると、代わりの部屋を用意するので、空きを調べて連絡すると言って下がった。20分ほどして、少し広い部屋を用意できるが、指定してたあった向きとは眺望が変わるが構わないかという電話があったので、それで構わないと言うと、あと10分ほどで部屋の準備ができるのでしばらく待つように言われた。
しかし40分経っても連絡がないので催促したところ、いま鍵を持って向かっているとの返事だった。しかしそれから20分待っても誰も現れないので、再度電話をすると、やっと10分ほどして係がやってきた。その後も何かともたもたとして、結局新しい部屋に落ち着いたのは到着から2時間後のことだった。
これでやっとくつろげると思って見回した客室は、しみじみ見るまでもなく非常にセンスが悪い。移った先は29階のジュニアスイート。50平米の面積があるワンルームタイプのスイートで、横幅一杯のワイドな窓が特徴だ。32階建てのタワーには、様々なバリエーションの客室があるが、その半数以上にはバルコニーが設けられている。だが、ジュニアスイートにバルコニーはなく、代わりに外気の取り込み口が窓の下に設置されている。
入口を入ると、廊下状のホワイエになっており、独立したトイレとクローゼットがある。廊下に続くフレンチドアを開くと、左右に居室空間が広がる。リビングスペースとベッドスペースを隔てるものはなく、とても広いベッドルームという印象だ。ベッドの反対側から、デスク、ウェットのミニバー、オットマン付アームチェア、窓を向いた幅広ソファセット、その背後の収納キャビネット、ソファ前の大きな薄型テレビと並ぶ。
レザーのソファや丁寧に造られたキャビネットなど、それぞれの家具はクオリティの高い立派なものなのだが、さくらタワーと同じような村野藤吾のデザインは、今の感覚にはあわないのか、何だかあまりパッとしない。ベッドはハリウッドスタイルで2台が並び、肌触りのいい上質なベッドリネンで仕上げられている。マットレスの感触も素晴らしい。ナイトテーブルは広く、照明スイッチが大きくて使いやすいし、携帯充電用のコンセントを備える。レースカーテンもシェードも電動式で、ナイトテーブルでもコントロール可能だ。
テレビでは地上波デジタルが受信でき、非常に鮮明な高画質画像を楽しめるが、CS放送はチャンネルも少なく、プログラムの充実に期待したい。照明はハロゲン光中心で、スイッチはいくつかの系統に分かれており、調光可能なものもある。
大理石とタイルで仕上げられたバスルームは広く、設備も充実している。ブロアバス仕様のバスタブにはハロゲン光のスポットが当たり、その脇にはシャワーブースが独立している。バスタブのカランは適量で自動的に給湯をストップする優れもの。シャワーの水圧も十分だ。ベイシントップは広いが、ベイシンはひとつだけ。タオルの載せたワゴンや、スツールも置いてある。
アメニティはフランス製で充実した基礎化粧品も備えている。タオルは大型で厚手。肌触りや吸水性に富み、気に入った。バスローブもあるが、入口付近のクローゼットに置いてあるのは不便だ。また、蛍光灯中心の浴室の照明は、一括でのON/OFFしかできずに残念。
夕方、ターンダウンを頼んだが、30分以上経ってから来た。簡単にベッドを整え、ミネラルウォーターを置いただけで、ゴミ箱を空にすることも、タオル交換をすることもなく、慌しい印象。他に用事があって電話を掛けても、なかなか繋がらないし、急ぎの用を頼むと「無理です」と断られるなど、まったく余裕がないようだ。
今回は正面玄関側の客室だったので、目の前の首都高の騒音が非常に気になった。特に、深夜になるとバイクのローリング族がけたたましい音で疾走するので、相当な忍耐力を必要とする。向きとしては、一番ハズレだったのかもしれない。
それにしても、どうして客室インテリアをこんな風にしてしまったのだろう。こうしたテイストが輝ける環境もあるだろうが、この都会的なタワーには似つかわしくない。エントランスを入ったところの、最上階までの吹き抜けや、シースルーエレベータ、噴水をダイナミックに配した立体的なロビー空間は、非常に秀逸なデザインだと思う。そこは実に均整が取れており、近未来的で、訪れる者を圧倒する。
エレベータホールは、低層階用と、ルームキーがなくてはアクセスできないエグゼクティブフロア用に分かれ、それぞれに4基のエレベータがあって、内それぞれ2基がシースルーだ。客室廊下のデザインも、まあまあシックでよくできていると思う。それだけに、客室に入ると拍子抜けしてしまうのだ。外観もマンションのようで、ちょっとダサすぎる。
館内には豊富なレストランの他、高級服飾品店や、マッサージ店など、様々なテナントが入っている。レストランは、地階と最上階に分散しているが、いずれも強気な値段設定だ。かつて徳川将軍家の霊廟だった敷地は非常に広い。低層棟の宴会場部分の屋上には芝が植えられ、花壇も整備されており、周囲の公園と一体化して、憩いの場として一般に開放されている。
会員制スパは、客室からだと、宴会場を越えてかなり離れたところに位置している。宿泊客の利用料金は1回4,200円と高額だが、設備の充実度や丁寧で親切なインストラクターの存在を考えると、それほど高いとは感じない。ウエアやシューズも無料で借りられるので、手ぶらで出かけてもOKだ。プールは天井が高く、ゆったりとしている。プールサイドにはジャクージやスチームサウナが設置され、スポーティにもリラクゼーションにも楽しめる空間だ。ロッカーエリアには天然温泉も備える。
朝食はルームサービスを利用した。前日までの予約制で、3,700円という高額。だが、料理はラップで覆われたまま置かれ、トーストを頼んだのに焼いていないパンがそのままカゴに入って届いた。パン皿さえ添えられない。実感としては2,000円が精一杯だ。
チェックアウトはものすごい行列だった。フロント前を通り越して、ロビー反対側のショップ前まで延びていた。チェックインとチェックアウトの区別なく並んでいるようで、どうしていいのかよくわからない状態。しばらくして「チェックアウトのお客様はこちらへ並んでください」と声が掛かり、別の列に。だが、待たせて申し訳ないという態度は見られないし、列を分けたのに手続きするのは同じ場所だ。そのうち、後から並んだチェックイン客が先に手続きに進むなど、まったく整理ができていなかった。
今回利用してみて、プリンスの意気込みは感じられたが、それがただ空回りしているようだった。値段設定と価値が釣り合わず、値段の半分の価値も提供できていないという印象。オープンして間もないので、多少は混乱するのも理解できるが、こちらも試泊に付き合っているのではなく、きちんと料金を支払って来ているのだから、容赦はできない。このホテルが目指す最高級という評価を勝ち取るためには、少なくとも2倍は頑張らなくてはダメだ。
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