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2004.10.22.(金)

山の上ホテル Twin Room
Hilltop Hotel
喜-4 ホテルという旅人
客室の窓
選りすぐりの楽器店、書店、大学キャンパスがいくつも点在し、学生たちが多数集う街御茶ノ水。緩やかな坂を上がりきった小高い丘の頂に佇む山の上ホテルは、この街を50年もの間、ずっと静かに見下ろしてきた。周囲がどんなに変わっても、東京がいつの間にかホテルだらけになっても、決して惑うことなく、よそ見することもなく、山の上ホテルはいつでも山の上ホテルだった。それはこの先も変わらないだろう。

山の上ホテルの小さな正面玄関は、車の出入りが多く、若いスタッフが誘導している姿をよく見かける。この日も宴会場で催しがあって、にわかに活気を呈していた。忙しそうに立ち回るスタッフの脇を抜けるようにしてエントランスに入ろうとしたが、彼はきちんとこちらに向き直って「いらっしゃいませ」と笑顔を投げかけた。

館内は外の活気や出入りの人数から想像されるよりもずっと小さい。エントランスを入ると一本の廊下が左右に延び、正面に最上階まで続く階段がある。廊下を両脇に進めば、それぞれに宴会のホワイエと喫茶ラウンジを兼ねたスペースがあり、年季の入ったレザーソファが並んでいる。柱時計や文机や書棚。そう、あえてライティングデスクなんて呼びたくはない、古い洋館で使い継がれて来たような立派な家具が味わい深い風情を生んでいる。

フロントカウンターは一瞬見逃してしまうほどに小さい。エントランスのすぐ脇の、レストランキャッシャー程度のカウンターには、初老のマネージャー自らが立ち、チェックインを担当してくれた。カウンターの後ろにはフロントオフィスが見え、昔の郵便局とか旅館の帳場を思わせる。予約はルームチャージで入れていたが、カウンターの案内に魅力的なプランを見つけたので、その場で変更を申し出たところ、快く応じてくれた。その物腰の柔らかさと親切は実に印象的だった。

客室へ案内してくれたのは、若いベルボーイだった。フロントから振り返ると、1基限りのエレベータがある。数人乗ればいっぱいになる大きさで、のんびりと動いているが、不思議とここではいらだつこともない。この際、いつもの慌しい都会のリズムは忘れるとしよう。

部屋に入ると、まずベルボーイは「こちらのお部屋でよろしいでしょうか?」と確認を求めた。雰囲気のあるいい部屋で、とても気に入ったと答えると、「それではただいまお茶をお持ちします」と、彼は丁寧にお辞儀をして出て行った。ほどなくして、ベルボーイとは別の客室係の青年が、湯のみに注いだほうじ茶と、湯の入ったポットを運んできた。皮張りのイスに腰掛けて、一杯の茶に憩う。旅館ではおなじみのサービスだが、都市ホテルではほとんど見かけない。

客室は本館5階の正面玄関側ツインルーム。エントランス部分には木材をふんだんに使い、その艶が重厚な雰囲気を醸している。居室には幅は狭いが長いベッドが2台、ライティングデスク、ドレッサー、テレビ、冷蔵庫、アームチェア2脚にテーブルという設え。古いテイストのデザインだが、どれもしっかりと造られており、現代の目で見ても懐かしさと新鮮さが入り混じった見事な品々が揃う。デスクのスタンドの脚は赤いレザー仕上げで、お湯のポットと灰皿も赤と、アクセントカラーも添えている。

ベッドはやわらかいが、軽やかな寝具が心地よく、室内に流れる空気がいいこともあってか、気持ちよく熟睡できた。ベッドスプレッドとドレープは同じベルベット調のファブリックを使って調和を持たせた。窓台の下には暖房装置が設けられており、その吹き出し口カバーの意匠がとても凝っているなど、今では造ることもままならないような設備もある。窓は大きく開放することができ、朝はたっぷりの日差しが入り、風にかすかに揺れるレースが美しい。

室内の家具はいずれも手入れが行き届いており、いい状態が保たれている。備品を大切に使うことが当たり前になっており、オーセンティックな贅を感じさせる客室は、ますます磨きがかかって味わいを増している。趣のある居室に対して、バスルームはシンプルだった。タイル張りのユニットで、バスタブにはハンドレスト付き。アメニティには特段の工夫は見られないが、清潔に仕上げられている。氷は315円、ルームサービスは午前2時まで営業する。

本館にはこのタイプの他に、オンリーワンのユニークな客室がいくつもある。庭付きのものや、モーツァルトと名づけられた屋根裏風の部屋、文豪が好んで指定した部屋など、一度は利用してみたいものだ。また、道を挟んだ反対側には別館があり、ビジネスユースに適したタイプが中心になっている。最上階はデザインに重点を置いたセプトフロアとしてリニューアルオープンし、こちらも興味深い。

館内には客室数の割にはとても多くのレストランがある。ひとつひとつは小さい店がほとんどだが、豊富な選択肢からチョイスできる楽しみや、小さい店だからこそ感じられる落ち着きや行き届いたサービスが魅力だ。そしてどの店も味に定評を持つ。

本当は天ぷらを食べたかったが満席だったので、ステーキどころ「ガーデン」に出かけてみた。店内はカウンターと数卓のテーブル席があるだけだが、スタッフの数も十分で、真面目なサービスをしている。客層は落ち着いた初老の男性が多く、街の寿司屋のような一面を感じた。ステーキハウスは鉄板焼と異なり、ライスではなくパンが用意され、焼きあがった肉はカットせずに出されるので、ナイフ・フォークで切り分けて食べる。朝食は和食「山の上」を選んだ。小鉢に入った様々な料理が並び、どれも手が込んだ味わいは、一品一品に際立っている。

山の上ホテルの歩みは、ゆっくりしているが確実に踏みしめながら進む。それは昔の旅人のようであり、巡礼の人をも思わせる。自らもまた旅人だからこそ、訪れる人をこんなにも温かく包み込めるのかもしれない。振り回されずに我が道をゆく。山の上ホテルのような生き方に、男なら一度は憧れるものだ。

外観 正面玄関

入り口方向から室内を見る ライティングデスク

ベッドからシッティングスペースを見る 入り口付近は木目が基調

ベイシン バスタブ

ちいさなフロントカウンター 5階から階段を見下ろす

ロビーのパーラー ロビーに置かれた机

和食店カウンター 丁寧にこしらえられた朝ごはん

[山の上ホテル]

Y.K.