大磯の駅前には商店もあまりなく、北鎌倉のような落ち着いた雰囲気がある。昔の面影を色濃く残し、湘南らしい町並みが続いている。そんな風景に見とれながら、駅前から車で10分程度。海沿いの大磯プリンスホテルに到着したのは昼過ぎだった。この日は台風の接近が確定的だったが、午前中にどうしてもこの近くまで来る用事があり、大磯プリンスに非難用の宿を確保した。大磯駅ではまだ曇り空だったが、車に乗ったとたんに激しい雨が降り始めた。正面玄関に到着した時には急に風も強くなり、間一髪で駆け込んだ。
館内に入ると、風変わりな服装をした若い女性たちがロビーに溢れていた。一瞬、来る場所を間違えたかと思ったが、落ち着いて様子を見ると、個性のあるミュージシャングループが、このホテルを利用してイベントを開催していることがわかった。大阪方面からバス数台でツアーを組んだりして、何百人もの不思議ちゃんが大集合しており、いつにない雰囲気ではあったが、不思議ちゃんたちも節度ある振る舞いをしていたので、感じの悪い出来事はなかった。
チェックインを済ませて、まずは昼食をとりに中国料理「李芳」へ出かけた。ちょうど中華バイキングを開催中だったので、手っ取り早くそれに決めた。この天気なのに店内は満席で、女性グループや家族連れで賑わっていた。料理は約25種類が食べ放題で、点心や定番メニューが中心だった。90分の制限付きだが2,310円と手ごろ。それほど美味しいこともないのだが、活気あるレストランでの食事は楽しかった。
食後にはバー・ラウンジでコーヒーを飲んだ。フレーバーアレンジコーヒーは750円なのに、ふつうのコーヒーは810円。ハワイコナらしいが、すかいらーくなどのコーヒーと大差ない味でがっかり。カップもデミタスかと思うほど小さく、店はガラガラなのにおかわりはくれなかった。サービスは全体的に覇気がなく暗い。
客室棟は1号館から3号館まであり、正面玄関やフロントは中央の2号館にある。また2号館の2階は、客室を足裏マッサージやネールアートなどの小粋なミニショップに改装して、湘南ストリートと銘打ったちょっとしたアーケードになっている。各店の賑やかなディスプレイは、大学の学園祭を思い起こさせてくれる。
客室は3号館の高層階海側だった。29平米程度と、さほど広くはないのだが、結構ゆとりを感じる設計だ。ラタン風の明るいインテリアでまとめ、ブルーグレーの淡い色調が、一面の海とよく調和する。景観が見事だから、室内があまり主張しないのがいい。窓は半分が一面の大きなガラス、もう半分がバルコニーへの出入り口になっている。バルコニーは狭いが、潮風を浴びるには十分な設備だ。バルコニーから外観を眺めると、曲線を多用した複雑なデザインであることがわかる。
室内の家具もそうだが、さりげなく凝っている。よく言えば控えめで上品だが、それは全体に調和が取れてこそ生きてくるような気がする。隅々までこのセンスを注ぎ込めば、相当に美しく上質なホテルになることだろうが、肝心なゲストの肌に触れる部分やしばしば目にするところがありふれているので、総合的な印象はせいぜい中庸だ。たとえばベッドは硬く、シーツの肌触りも悪い。
バスルームはファミリーでも使いやすいようにか、トイレ、ベイシンを独立させて、広い面積を割いた。バスタブは洗い場を設けたマンション風の設備で、お湯を溢れさせることができるもの。アメニティは最低限で寂しい。
また、宿泊客は天然温泉露天風呂を利用できる。温泉浴場内の浴槽はさほど大きくないのに、ずらりとロッカーが並んでいるのが不思議だった。泉質は塩辛く、やや刺激があるような印象だった。露天風呂といっても、浴槽部分には屋根があるので、壁なし風呂といった方が適切かもしれない。その温泉浴場はチャペルの真下にある。アクセスルートはまったく独立しており、一見してそうだとはわからないものの、気楽な温泉浴場のすぐ上が神聖なチャペルというのも、何か不思議な感じだ。
台風は、どんどん激しさを増していった。夏期以外は釣り堀になっているロングビーチの長いプールも、強風にあおられて白波を立てている。ビニールのテントは引きちぎられ、かなり大きな板なども飛び交っていた。だが、棕櫚の木はたくましい。どんなに風に吹かれても、逆らわずに身をしならせて、巧みに風をかわしている。それとは対照的に、1号館前の立派な松の木は、真ん中からぽっきり無残に折れてしまっていた。
風の向きが陸から海に向かって吹いていたので、波はそれほど高くなかったが、自然の猛威にしばし目を奪われっぱなしだった。雨もことのほか激しく、各棟の継ぎ目部分では雨水が漏れて廊下が水浸しになっていた。何より驚いたのは、エレベータの天井から激しく水が滴っていたことだ。しかし、雨水を滴らせながらも、エレベータは何事もなく動いていた。被害はそれほど大きくなかったようだが、スタッフたちは翌日の片付けが大変だったと思う。
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