川内を出発したのはちょうど通勤時間帯だった。真新しい新幹線のホームに滑り込んだまぶしい白の車体は、通勤や通学の人々を乗せて発車した。ぐんぐん加速し、多くのトンネルを抜け、鹿児島中央まではあっという間だった。今度は在来線の特急列車に乗り換え、宮崎へ向かう。海沿いを進む列車の車窓には、雄大な桜島が絵画のように収まり、その美しさにいつまでも見とれてしまう。最新型の新幹線も興味深かったが、ちょっとくたびれた車体とのんびりしたスピードが旅情にマッチするのは、ホテルも同様だとしみじみ思った。
宮崎駅からシーガイアまでは路線バスを利用してみた。地域の人々が普段使いしているバスはローカル色にあふれ、いつも急ぎ足ばかりの自分をちょっと反省。途中でほとんどの人が降り、結局貸切になってしまったが、シーガイアが近づくにつれ、リゾートの雰囲気は盛り上がってくる。林に囲まれたまっすぐの道は、太陽の国、宮崎の日差しをいっぱいに浴び、エネルギーを放っている。宮崎空港からも直通バスがあり、所要時間もわずかでアクセスには恵まれている。
シェラトングランデのアプローチは長く立派だった。聳え立つタワー、一年中南国の海岸の環境を楽しめるオーシャンドームをはじめ、バブルならではの贅沢な設備を目の前にし、プロジェクトの壮大さをひしひしと感じた。94年にシーガイアが新規開業をした時にはスティングを呼びコンサートを行うなど、何から何まであっと驚くことをやってくれたが、あっという間に失速してしまったことも記憶に新しい。まるでイリュージョンを地で行く存在だ。地元第3セクターからリップルウッドの手に渡り、ホテルはスターウッドブランドで再建を進めるが、その前途には厳しいものがあるようだ。
ホテルオーシャン45からシェラトングランデになって早くも2年半が経つが、館内や周辺の改装、ならびに設備の増強は現在も進行中だ。ほぼ環境が整ったころだろうと思って出かけてみたが、工事は明らかに遅れており、完成しているはずのものが工事中である部分があまりにも多すぎた。工事の遅れ自体は仕方がないと諦めなくてはならないが、それを申し訳ないと思っていないスタッフたちの平然とした態度に、何度となく腹が立った。
今回は新しく誕生したグランデフロアの客室を予約した。他にラグジュアリーグランデというのも興味深かったが、サービス内容が濃厚すぎて鬱陶しいのと、それだけの価値があるサービスができるわけがないと、はなから信用していないことから、それよりは1ランクカジュアルなフロアを選んだ。
館内に足を踏み入れた時は、圧倒的なスケール感と、南国らしい開放的な雰囲気にすっかり酔っていた。昼過ぎに到着したので、まだ館内には人が少なく、それが一層ゆとりある空間に感じさせていた。だが、エントランスからフロントまでの案内が適切でなく、誰かに尋ねようにもスタッフは見当たらず、迷いながら何とか自力でフロントカウンターにたどり着いた。
カウンターで立ったまま全ての手続きを終えた段になって、グランデフロアのゲストはコンシェルジュデスクで手続きを行うので、そちらに案内すると言われた。今更遅くはないかと尋ねると、そこで食事や特典の案内をするという。なんと面倒なことか。コンシェルジュデスクは、フロントとは反対側の奥まったコーナーにあり、まったく案内表示もなく、これまた非常にわかりにくい。
コンシェルジュデスクのあるコーナーは、まだゲストを迎える環境は整っておらず、そこは単なる工事現場だった。天井からはむき出しの電気配線がぶら下がっているし、おそらく観葉植物が入るはずのプランターも空っぽだ。何と言っても工事現場ならではの埃っぽさと接着剤のツンとした臭いがたまらなく苦痛だった。殺風景な場所で、まだ手続きに慣れていないコンシェルジュにまどろっこしい説明を受けるのも、ばかげているような気がしてならなかった。ただ、出された栗のお菓子と、ぬるくいれた茶は美味しかった。
リゾートに来たら、少し早く到着してしまったとしても、スムーズに客室に入り、まずは一服してから行動できれば、どんなにか印象がいいだろう。だが、客室へ案内できるのは午後2時半以降だと、コンシェルジュは頑なだった。皆気取っているが、融通を利かせようという親切さはまったくなく、後に不手際が生じた際も「申し訳ございません」の一言すらなかなか言い出せず、曲がったプライドが丸見えだった。せっかく贅沢な雰囲気を感じさせるホテルを目指してるのに、ゲストの心理を読んだり、何が失礼に当たるかという基本が欠けているのが残念だった。
ここがラグジュアリーなサービスを提供すると自負するなら、早めに到着したゲストは、可能な限り客室へ通すべきだと思う。それを決まりだ何だと言い訳をするようでは、高級ホテルを名乗る資格はない。そもそもホテルとは旅館と違い、ゲストが自分のスタイルで好きなように過ごすための施設なのだから、できる限りゲストのペースに合わせなくてはならないことを忘れないで欲しい。
だが結局、部屋へはすぐに案内してくれることになった。ベルアテンダントは、楽しそうに仕事をする感じのよい女性だった。客室へ入ると、ワイドな窓からの壮大な眺めに目を奪われた。見渡す限りの海原を高層階から見下ろす贅沢は格別だった。また、目を下へやれば、林やゴルフ場の緑が望め、どこを見てもスケール感あふれるリゾートならではの見事な景観が得られる。
室内は標準で50平米という贅沢なスペースを誇る。家具をゆとりある配置にして、余分な設備を置かずシンプルな環境に仕上がっている。ヨーロピアンスタイルのファニチャーが中心だが、落ち着きがありながらも明るいカラーのファブリックをあてることで、軽やかな印象にまとまっている。ベッドはシェラトン・スイート・スリーパー・ベッドを採用し、このフロアの大きな訴求力とした。
ところが、残念なことに、この素晴らしいベッドの仕上げがまったくもって乱雑だった。デュベは左右不均等に乱れ、ベッドリネンのシワも整えられておらず、まるで使用後のようなありさま。それは美しい景観とは対照的で、このスッキリとした室内にあっては、一層みっともなく見えた。また、この部屋の命ともいえる窓にも手あかや汚れが目立った。客室清掃に不備が多いホテルは、総じて他にも大きな問題を抱えているものだ。
また、客室内に館内の案内を掲載したディレクトリーなどの情報源がまったくなかったので、そういったものはないのかと客室係に尋ねたが、あえて置いていないので、9番に電話をするか月ごとの案内チラシを見るようにといわれた。ところがコンシェルジュにそれではあまりに不便だと感想を述べたところ、実際は単なるセットのし忘れであることがわかった。しかし、届けられたディレクトリーを隅々まで読んでも、館内施設の情報はほとんど手に入らない。広大で様々な施設があるのだから、少なくともどのような施設があるのかを簡単にまとめた案内は用意すべきだ。何があるのか皆目わからなければ、質問のしようもない。
バスルームは居室同様にゆとりある面積を確保し、トイレは完全に独立させ、ベイシン、大きなバスタブ、シャワーブースをゆったりと配置した。一見、総大理石造りに見えるが、バスタブ周辺は石模様のプリントパネル。アメニティはクラブツリー&イブリンのアロエベラシリーズを採用。タオルは3サイズを4枚ずつ用意し、バスローブも備える。また、クローゼット内には下駄や浴衣、作務衣があり、松泉宮へ行く際に利用できるそうだ。
その松泉宮は、離れ湯、中浴場、大浴場からなり、それぞれに料金が異なる天然温泉施設だ。受付はホテル棟にあり、そこから大浴場までは「浴衣ウォーク」と名づけられた長い通路をたどっていく。浴衣を着て周囲の雰囲気を楽しみながら浴場に向かうという演出を狙ったのだろうが、実際に浴衣を着て歩いているゲストなど皆無。特段風流な設備ともいえず、単に遠くて面倒くさいだけの無駄なアプローチに思えた。途中、3階の受付から1階の浴衣ウォークに降りるエレベータは、4〜5人も乗れば満員になるような最小サイズのものが1台だけで、この上なくノロい。段々イライラしてくる。
浴場にたどり着いても、履物を引き戸の外の渡り廊下の縁に放置しなければならない。これは靴箱の納入が間に合わなかったためだそうだ。脱衣場にもむき出しのカゴしかないので、ルームキーなどは浴衣ウォークの途中にある休憩コーナーにある貴重品預けボックスに保管しなくてはならない。ゲストの利便などまったく考えられていないようだ。その休憩コーナーも、家具の納入が間に合わず、まだがらんどうのまま。
だが、大浴場「月読」の中はとてもいい雰囲気で、松林に溶け込むような露天風呂や木の香漂う内風呂は、どちらも心地よかった。バンヤンツリースパは急ピッチでオープン準備が進んでいる段階で、まだ様子がわからなかった。
その他、周辺施設も徐々に整いつつある。ガーデン風の屋外プールはなかなかの雰囲気だが、その脇にある砂を敷き詰めたプールは、天然の砂浜のような雰囲気を狙ったものだろうが、見るからに汚らしくまるで汚泥処理施設のようで、完全に企画倒れだった。ホテル館内にも、無意味に遠回りをさせるようなレイアウトが目立ち、何を考えているのかよくわからないホテルだという印象。立派なだけにもったいない。
5階にはライブラリーを兼ねたラウンジがあり、今回のプランでは自由に利用できた。インターネットに接続できるパソコンや、無料のソフトドリンク、焼き菓子などが用意され、書棚の本をめくりながらゆったりとくつろげる。こうした空間を開放してくれるのはありがたいが、このラウンジは本来どういうゲストが利用できるものなのか、よくわからなかった。
レストランは何軒か利用したが、どこも印象はよくなかった。ラグジュアリーグランデフロア専用なはずの高級宮崎料理店は、一般利用も可能なようだったが、利用客はゼロで開店休業状態。一番人気のブッフェ「パインテラス」に入ってみたところ、外国人を含む料理人が並ぶブッフェ台でのパフォーマンスや、わくわくするようなディスプレイは楽しめるし、デザートとフルーツのレベルは高かったものの、味は中程度。店内のイスの用意が間に合わなかったのか、テーブルとの高さがまったく合っていないので、食事がしにくかった。サービスはアルバイトの域で気が利かないが、みんな素朴でいい子達ばかり。きちんといい教育をすれば、立派にサービスできるようになるはずだ。
シーガイア全体は一日ではとても遊びきれないスケールの大きな施設なのだが、中核となるホテルは、狙うところを間違えているような気がしてならない。和風の玄関を付け足したり、露天風呂や料亭を新設したりと、高級和風旅館のテイストを取り入れようとしているようにも見えるが、日本人がホッと安心できる本物の和みを演出できずにいる。ここはバリやフロリダではない、ミヤザキだ。日本のリゾートをどう引っ張るか、外国かぶれしてまった感覚をリセットしてはどうだろう。器の骨格は悪くないのだが、一番肝心なものが備わっていない。宮崎で最も印象に残ったのは、帰りの空港で食べた「ひやじる定食」だった。
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