高品質な空間を低料金で気軽に利用してもらうために、コストの掛かるサービスはそぎ落としつつも、ホテルが持つべき体温やフレキシビリティは保つという、ユニークなシティリゾートが誕生した。ホテルに対する新しい挑戦とはかくあるべきという手本ともなるスタイルは、まず固定観念を捨て去ることから始まり、現在も試行錯誤を重ねているという。失敗の悔しさと、成功の喜びから、福岡という人情溢れる土地に根付いた、ストーリーのあるホテル作りに励むスタッフたちに心動かされた。
福岡空港や博多駅から地下鉄で1本、姪浜駅でシャトルバスかタクシーに乗り継いで10分ほどでエバーグリーンマリノアに到着する。エバーグリーンマリノアは大規模なアウトレットモールや120メートルの高さを誇る大観覧車などを持つ複合エンターテイメント施設で、西福岡マリーナに隣接するウォーターフロントの立地が人気を博し、カップルやファミリーで賑わっている。
最新のスポットとなったこの町も、かつては炭鉱で栄えたという。漁師も数多く生活し、知る人ぞ知る魚介の旨い穴場的な店が点在する地区でもあるらしい。そんな情報も、このホテルのスタッフなら喜んで教えてくれるはずだ。
小ぢんまりとしたメインエントランスは1階にあるが、そこに係はいない。荷物が多い場合は、デスクの電話で係を呼ぶことになる。エレベータで2階に上がると、フロントデスクとラウンジがあり、フロントでは座ったまま手続きを行い、バスソルトなど、客室にないアメニティもここで受け取ることができる。朝刊のデリバリーは150円とのこと。ラウンジは40席のスペースで、マリーナを望む窓に向かって、長いカウンターテーブルも設けられている。喫茶や軽食を提供する他、ステイゲストには電子レンジが使えるというサービスも。モエエシャンドンのグラスは700円、鴨のローストのバケットサンドイッチは1,600円など。
客室は全室がマリーナに面しており、スタンダード、デラックス、ウィズロフトの3タイプが用意されるが、最低でも42平米とゆとりある面積ながら2万円程度からとラックレートは低く設定されている。今回宿泊したスタンダードルームは、エントランスを入るとフローリングの廊下があって、正面がバスルームという造り。居室は、廊下から3枚の引き戸で仕切られており、それを全開すれば一体化して利用できるし、閉じればよりプライベート感覚が深まる。
インテリアはダークウッドとオフホワイトのエイジアンリゾートテイストでコーディネートされており、シンプルだが温かみと落ち着きのあるデザインだ。天井が高く、余計なものや雰囲気を壊すものが一切置かれていないのがいい。照明は間接照明、ハロゲンライト、スタンドと演出力が高く、調光が可能なものもある。カーテンはドレープが外側、レースが内側にあり、すべて片側にまとまるデザイン。広いバルコニーにはガラスの柵で囲われ、イスとテーブルが常備されるが、この日は接近する台風に備えて廊下に片付けてあった。
窓際にはデイベッドにもなる大きなソファとガラステーブル、壁に液晶テレビとDVD/CDプレイヤーを備えた。レンタルDVDソフトを多数揃え、無料で借りられるが、1,000円のデポジットを預けてフロントで貸し借りを行うシステムだ。ソファに横たわり、時に映画を見たり、時に港を眺めてのんびり過ごすのも悪くない。ホテル内にはレストランはないが、ルームサービスの他、寿司やピザのデリバリーを頼める。
ベッドは立派な木製のベッド台にシングルサイズのマットレスをハリウッドスタイルに密着させ、真っ白なベッドリネンでふんわりと仕上げた。一見するとダブルベッドのようでもある。室内にデスクはないが、壁際にドレッサーが設置されている。壁は真っ白に塗られているが、メンテナンス状態はよく、汚れが気になることもなかった。ミニバーにはミネラルウォーター、コーヒー、紅茶、日本茶を備え、全て無料。クローゼットは小さく収納力が乏しい。この部屋のテイストにあったバゲージラックが用意されているといいのだが。また、ベッド脇の電話機のそばにメモ用紙がセットされていないのにも不便を感じた。
バスルームはベイシンまではフローリング、ウェットエリアはタイル仕上げ。ベイシンは広く、リゾートらしいデザインで、タオルはラックに豊富に用意されている。バスタブ脇に洗い場を設けたウェットエリアにはワイドなコーナー窓があり、バスタブは縦方向に設置されているので、湯につかりながらマリーナを眺めることができる。また、トイレはバスルームから完全に独立している。
滞在の印象を一層よくしたのが朝食のルームサービスだった。2ヶ月ごとにメニューを入れ替えるという朝食はフランスのオーベルジュのようで、素晴らしく美味しかった。運んできたフロント係の青年は、テーブルセッティングをしながら、早朝から激しさを増すばかりの台風を気遣い、出発の時間は気にせずに過ごしてほしいと、無料のレイトチェックアウトを提案してくれた。
台風は福岡に上陸し、予定していた便は欠航となったが、後続便に乗るため昼過ぎには空港へ向かうことにした。12時半まで部屋を使わせてもらい、チェックアウトを済ませてタクシーを呼んだ。荷物をトランクに入れようと思ったが、強風で危険だからと座席に置くことに。感じのよいスタッフに見送られてホテルを後にしたが、立ち去りがたい気分だった。
これまで新しいスタイルのサービスは客本位ではなく、ホテルの都合によるものが多過ぎた。また、あれはしない、これはダメとマイナス思考の印象も強かった。だが、このホテルは身の程を考え、この場所で、この値段でできることの最大値を狙い、実践しているところが見事だった。少しも高級ぶることがないのも潔い。これからもゲストのことを考え、時代とニーズにあったサービスを目指していくことだろう。
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