新潟での4日間の公演に際して、主催者からホテルの希望を尋ねられた。大抵の場合、こちらの好みとは裏腹に、主催者にとって都合のよいホテルが選択される場合が多い。先方が用意してくれたものだからと、気が進まなくてもありがたく泊まらせてもらうケースがほとんどだが、あまりに好みとかけ離れている時には、自腹でもって宿を変えることもある。しかし、今回のように好みを尋ねてもらえるのが一番ありがたいのが本音だ。新潟にもいくつか魅力的なホテルがあって悩んだが、喜怒哀楽読者からのオススメもあり、オークラを選んだ。
新潟駅からタクシーでほんの5分程度、ホテルオークラは万代橋のすぐ脇に建っている。最近までオークラホテル新潟と名乗っていたが、チェーンのイメージをより明確にするために、ホテルオークラ新潟と名称を改めたそうだ。車寄せへのアプローチは、道路の構造上、表通りから直接入ることができず、ちょっと変わったコースを通るようになっている。エントランスは70年代のホテルらしい独特の風格があり、初めて訪れたにも関わらず、大変懐かしい思いがした。ドアマンやベルアテンダントに出迎えられ、ロビーに足を踏み入れると、オークラ独特の雰囲気に包まれる。そこには十分なゆとりがあるロビー空間が広がり、そこから数段下がったところにゆったりと配置されたソファが、オークラの血統であることを色濃く語っていた。
ロビーの上部は2層の吹き抜けになっており、天井からは昔風のシャンデリアが下がっている。エントランスを入って右手に進むとフロントカウンターがある。フロントの係も、ベルボーイたちも、東京のオークラにいるスタッフよりも、ずっとオークラらしい立ち居振る舞いをしていた。そして、最も東京と差をつけていたのは、アシスタントマネージャーたちのサービス姿勢だった。やもすれば投げやりな印象すらある東京の連中と比較すると、やわらかい物腰で丁寧に対応をしてくれる。どうすればゲストが気持ちよく過ごせるかを熟知しながらも、決してそれを振りかざさないところが好印象だった。
今回利用した客室は10階の万代橋を望むスーペリアルームだった。このホテルでは9階、10階、12階がスーペリアフロアになっている。他のフロアとの比較はできなかったが、どうやら最近改装を施したということらしい。客室そのものは、さほど広くない。30平米近くあるような印象だったが、ホテルのデータによれば26平米だとのこと。
部屋に入ると、まず窓際の天井から下がる長いカーテンに目がいった。部屋をすっきりと見せるいいアクセントになっている。室内には見覚えのある家具類が多数あった。どうも東京のオークラのお下がりを活用しているような気がする。そうかと思えば開業以来使い続けられているような家具も混在し、テイストがまとまりきっていない。ヘッドボードやナイトテーブル、クローゼットなどと、見るからにデビット・ヒックス氏デザインのデスクやテーブルとはどうしても溶け合わないのだ。ベッドは120センチ幅のものが2台入り、大きな枕が心地よかった。天井にはシーリングライトが設置されているが、点けるとムードがなくなる。こうしたちょっとレトロなホテルは、若干薄暗い方がイメージに合って味わい深い。
ふつう、ホテルにはサービス内容や館内の案内を記したディレクトリーが用意されているが、このホテルではそれがない。テレビでの案内放送もなく、ホテル内設備やサービスについてのヒントを、もう少し充実させて欲しいと感じた。ルームサービスは午前7時から深夜0時まで。LAN回線はなくインターネット環境は出遅れている。冷蔵庫にはビールやミネラルウォーターが若干用意されているが、ほとんど空に近かった。
バスルームはシンプルなつくりだが、使い勝手はよかった。床とベイシンの天板には大理石を使い、壁はタイルで仕上げている。カランの水量は強力で、シャワーにはサーモスタットが付いているので温度調節が容易だ。アメニティは品質、品揃えともに今ひとつだが、3サイズ揃うタオルは新しく肌触りがよかった。バスローブも備わっている。
この客室の魅力は、何といっても眺めだろう。信濃川と万代橋を間近に望み、刻々と表情を変えてゆくので、いつ眺めても新鮮だ。川や橋というのは、人の心に何かを呼び起こす作用がある。さまざまなものを象徴する川と橋を両方同時に楽しめるのも、オークラ新潟ならでは。このホテルに泊まるなら、はやりこの眺めを手に入れたいものだ。
24日の夜、部屋で過ごしていると、上の階が非常に騒がしかったので、様子を見に行ってみた。すると、そこには韓国から来ているジュニアサッカーチームが滞在しており、ほとんどの客室の扉が開け放たれ、若者たちが廊下や客室を縦横無尽に俳諧していた。ちょっと部屋の様子を覗き見れば、床には脱ぎ捨てた衣服やスナック菓子の空袋が散らかり、無邪気な子どもたちの一面が垣間見られ、微笑ましいと感じた。しかし、こちらもまだコンサートを控えているので、アシスタントマネージャーに相談し、ルームチェンジをしてもらうことにした。
マネージャーは丁寧に詫びながら、こちらの立場を考慮してくれ、12階の客室を用意し、自ら荷物を持って案内してくれた。新しい客室は同じカテゴリーながら、インテリアは随分と違っていた。12階の方が新しく、最近に改装された印象だったが、重厚感はなく、明るく軽やかな雰囲気だった。こちらは冷蔵庫が空っぽ。ベッドやバスルームの印象は、第一ホテルやエクセル東急のテイストに近く、どちらかというと女性向きな設えだ。
このホテルの設備は標準的で、驚くような工夫や仕掛けはないが、安心して滞在できる雰囲気があった。とりわけ格調が高いこともなく、風雅な空気があるわけでもない。しかし、生真面目でありながら、人間味も感じられるサービススタイルは信頼に値する。
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